テオティワカンの歴史 謎に包まれた成立と滅亡

太陽のピラミッド頂上から眺めた月のピラミッド。正面の月の広場では重要な儀式が執り行われていたらしい ©牧哲雄 

太陽のピラミッド頂上から眺めた月のピラミッド。正面の月の広場では重要な儀式が執り行われていたらしい ©牧哲雄

神官の住居だったケツァルパパロトルの宮殿。宮殿の柱は伝説の生物ケツァルパパロトルのレリーフで覆われている ©牧哲雄

神官の住居だったケツァルパパロトルの宮殿。宮殿の柱は伝説の生物ケツァルパパロトルのレリーフで覆われている ©牧哲雄

いまから1~2万年前、地球の気温は現在よりも低く、ベーリング海峡は干上がってアジアと北アメリカはつながっていたという。人類はそこを歩いて渡り、アメリカ大陸にやってきたようだ。紀元前1500~前1000年前後になるとオルメカやクィクィルコなどが興り、やがて灌漑設備や神殿を持つ都市国家に発展した。

紀元前後に至るまで数多くの都市国家が成立するが、そのひとつが紀元前200年前後に建築がはじまったテオティワカンだ。テオティワカンは紀元前50年前後に起こった火山によってクィクィルコが滅亡してから急速に勢力を伸ばし、4世紀前後にはメソ・アメリカ全体に影響を与える最強の勢力に成長した。

 

神の鳥ケツァルと蝶々パパロトルが合わさった伝説の生物ケツァルパパロトル ©牧哲雄 

神の鳥ケツァルと蝶々パパロトルが合わさった伝説の生物ケツァルパパロトル ©牧哲雄

太陽のピラミッドや月のピラミッドは紀元前100年前後から徐々に増築されていったものらしい。ピラミッドの内部にさらに小さなピラミッドや神殿が発見されており、以前の建物の周りを取り囲むように増築を繰り返すことで現在の姿になったようだ。タルー(傾斜壁)とタブレロ(垂直壁の基壇)を組み合わせた形が特徴で、タルー・タブレロ型ピラミッドはグアテマラのティカルやメキシコ南部のモンテ・アルバン遺跡など、メソ・アメリカに広く見ることができる。

テオティワカンを発達させたひとつの原因が黒曜石だといわれている。宝石として、あるいは武器や調理用具として貴重だった黒曜石をよく産出するこの地をおさえることで、テオティワカンは莫大な富を集めることに成功したらしい。ところが7世紀、突如としてテオティワカンは姿を消す。北方民族の襲来や火山の噴火、あるいは干ばつや人口爆発の影響といわれるが、定かではない。