アステカの支配とスペインの侵略

左に3体並ぶメガネをかけたような四角い像が牙を持つ雨の神トラロック。その右の3体が羽を持つ蛇の神ケツァルコアトル ©牧哲雄

左に3体並ぶメガネをかけたような四角い像が牙を持つ雨の神トラロック。その右の3体が羽を持つ蛇の神ケツァルコアトル ©牧哲雄

テオティワカン滅亡後、14世紀にこの地を発見したのが、当時この地を支配していたアステカ人だ。アステカ人はこの土地を神々が暮らした土地だと信じ、聖地として奉った。

死者の道から眺めた太陽のピラミッド ©牧哲雄

死者の道から眺めた太陽のピラミッド ©牧哲雄

アステカの農耕神・創造神も羽を持つ蛇の神ケツァルコアトル(マヤでいうククルカン)だが、化身として白い顔に黒ヒゲの人・ケツァルコアトルの伝説も伝えられていた。ケツァルコアトルは52年に一度、セアカトル(1の葦)の年に戻ると伝えられており、人々はセアカトルである1519年、白人であるスペイン人コンキスタドール、コルテスをケツァルコアトルと間違えて丁重に迎え入れ、これをきっかけに滅亡することになる。

実はテオティワカンに関する多くの伝説が、16世紀以降にアステカからスペインに伝えられたものだ。アステカ以前のテオティワカン文明に関しては、文字がなかったことからもほとんどが謎に包まれている。現在も死者の道やピラミッドの発掘が進められているが、まだ発掘は半分も終わっていないという。