テオティワカンをめぐるアステカの神話

夏至の日、この太陽のピラミッドが面する写真手前の方向に日が沈む。中南米の遺跡はいずれも春分や秋分、夏至・冬至を強く意識した造りになっている ©牧哲雄

夏至の日、この太陽のピラミッドが面する写真手前の方向に日が沈む。中南米の遺跡はいずれも春分や秋分、夏至・冬至を強く意識した造りになっている ©牧哲雄

テオティワカンが滅んでから600年も経った14世紀、アステカ人たちはテオティワカンを発見し、これを神々が創ったものと考えて、太陽と月のピラミッドをめぐるこんな伝説を伝えた。

シウダレーラ城砦の裏に隠されていたピラミッド、ケツァルコアトルの神殿。ケツァルコアトルやトラロックの像が不思議な空間を生み出している ©牧哲雄

シウダデーラ城砦の裏に隠されていたピラミッド、ケツァルコアトルの神殿。ケツァルコアトルやトラロックの像が不思議な空間を生み出している ©牧哲雄

神々は4度世界を創造したが、いずれも災害で滅んでしまった。ふたたびテオティワカンに集まった神々は、5回目の創造を行うことを決定する。しかし、太陽を創るにはいずれかの神が火に身を投げなくてはならない。候補になったのがナナワツィンとテクシステカトルだ。ふたりはふたつの丘(太陽と月のピラミッド)で断食を行い、身を清めた。

ふたりは火に飛び込んで太陽になるが、昼はふたつの太陽が輝き、夜は暗闇になってしまったので、神々はウサギをテクシステカトルに投げつけた。テクシステカトルの顔にはウサギ模様がついて、夜の世界をやさしく照らす月となった。

無事運行するかに見えた太陽と月だが、いつまでたっても動かない。ナナワツィンは、自分に血が捧げられるまで動かないという。こうしてアステカでは、毎日人間の心臓と血が生け贄として捧げられることになる。