木型をブロックから削る、本格的な英国式!
こちらはいわゆる「アデレイド」仕様の内羽根式のAnn.の作品例です。このデザインをビスポークで作ると、ともすればひ弱な印象になりがちなのですが、対照的にこの靴には、地に足の着いた安定感が備わっています。
そんなA&Aでビスポークシューズ・Ann.を作る西山 彰嘉(にしやま あきよし)氏は愛媛県出身。大阪でファッションと共に靴、特に整形靴の勉強を重ねた後にイギリスに渡り、ビスポークシューズ職人Jason Amesbury氏に師事しその製作全般、とりわけ木型の製作をメインに学びました。2013年に帰国後、学生の頃からの人脈を活かせる大阪にアトリエを設け、機材等を準備し、この夏に顧客を迎える体制が整ったばかりですので、読者の方でもご存じだった方はあまり多くないのではないでしょうか。
店内に備え付けられた、ギロチン的な大型の刃物を使って木型を削って行く台です。×字状の切り刻み(これが滑り止めになります)が説得力満点! 手前のブロック状の木型から奥のもののような形状に仕上げて行きます。
Ann.のオーダーはいわゆるフルビスポークで、そのステップは我が国では意外に珍しいものの、実は古のメソッドを極力採り入れたイギリス流そのものと言えるものですよ。まず採寸には「足ではなく目盛りに合わせようとする心理」を排除すべく、師匠と同様に目盛無しのテープメジャーをちぎって用いる通称・ロンドンロブ方式。それを基に木型を削って行く訳ですが、Ann.ではある程度形状が整ったベース木型ではなく、その前の段階すなわち木のブロックの状態から、ギロチンのような専用の大型刃物で切り出して行きます!
下手をすると銃刀法に違反するのでは? と誤解されそうなこの刃物をイギリスから輸入し、パターンを引いたり底付けしたりする各作業台の作製も自分で行ったため、受注を始めるのに若干時間が掛かってしまったとのこと。丸一日ズーッと作業を共にする道具なのでその辺りには絶対、妥協できなかったのだそうです。原則本番と同じ革の端の部位を用いて仮縫いフィッティングを行った後に、その結果を踏まえて本縫いが行われ、受注から約半年後に完成となります。付属のシューツリーに限りイギリスでノウハウを学んだ日本人に作製を依頼しますが、それ以外の工程は全てこのアトリエの中で行われます。
そしてその作風は、一言で申せば製作のステップと同様に「本来の英国靴そのもの」。アッパーにもソールにも彫りの深いダイナミックな線が表出することでカチッと勇壮な印象を与え、ボールジョイントの幅もしっかり取ることで見た目の安定感が更に増しているのが大きな特徴です。華麗ではあるけれど、下手をするとそれが「ひ弱さ」に繋がりかねない近年の英国風ビスポークの潮流とは明らかに一線を画し、多くの紳士靴がどこかに置き忘れてしまった「逞しさ」を、西山氏が作るAnn.の靴からはひしひしと感じるのです。
それでは西山氏の靴作りの姿勢とは? 次のページで語らせてください!