「子どもっぽさ」を思い切り体験できる大切さ

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「泣きじゃくって手がつけられない!」のも幼児期に必要な体験

気に入った物があれば「欲しい!」と主張し、願いがかなえられないと、むくれてかんしゃくを起こす。大好きな物には夢中になってのめり込む一方、嫌いな物からは泣きじゃくって離れようとする・・・・・・。

大人の手は焼かせますが、幼い頃に子どもっぽい自我を思い切り体験し、気持ちをありのままに表現できた子は、子ども時代も、その後の人生でも、「ありのままの自分でいていい」という自己肯定感を持つことができます。

「大人っぽい子」が失った、とても大切なこと

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聞きわけのよさは、「子どもでいてはいけない」という思いからくることも

一方、幼児にして、すでに「大人っぽい子」もいます。

おやつを欲しがる弟妹に、自分は1個も食べていないのに譲ってあげる。「遊びに連れてって!」「おもちゃ買いに行きたい!」などとダダをこねず、大人に迷惑をかけないように過ごしている・・・・・・。

「弟妹思いの優しい子」「聞きわけのいいしっかり者」と言われますが、幼い頃に発揮すべき「子どもっぽい自我」を表現できず、自分らしさを失っている可能性があります。

こうした子の心にインプットされている(と思われる)のが、「子どもであるな」という「禁止令」です。

「子どもっぽくしてはいけない」という禁止令

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「しっかり者の子」の胸の内は?

禁止令」とは、3歳くらいまでの子が、親や養育者から受け取る「~してはいけない」という心のメッセージ。

たとえば、小さい子に譲ったり、ダダをこねずに我慢したときだけお母さんの機嫌がいい。わがままを言ったり甘えようとすると、「もう小さい子じゃないでしょ!」といつもとても冷たくされる――養育者のこうした態度を受け続けると、親が意図していなくても、その態度から「子どもっぽくしてはいけない」と言われているように感じ、素直な感情を出すこと、甘えることをあきらめてしまいます。

禁止令などを受けて、幼児が自分の人生への基本姿勢を決めることを「幼児決断」と言いますが、この決断は潜在意識の中にインプットされ、いくつになっても人生の基本姿勢として生き続けるのです。

「手がかからなくて助かるわ」と思うかもしれませんが、子どもが子どもでいられないことは、とても苦しいフラストレーションを生みます。

子どもの成長を急かしてはいけない訳

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「正しい道」を進んでいるのに、満たされない思いの底にあるものは?

では、幼児決断は大人になった自分に、どんな影響を与えているのでしょう?

たとえば、自分の「本当にやりたいこと」が分からず、気がつけば「世間が認める正しいこと」にばかりしたがって生きている。感情を表さず、いつも「見苦しくないか」「世間体はどうか」ばかりを気にしている――そうした人は、幼い頃の幼児決断から、「自分らしさ」を失っている可能性があります。

「自分らしさ」を失ったまま成長すると、『アナと雪の女王』のエルサ(雪の女王)のように、常に満たされない気持ちが残ってしまいます。閉じ込めた感情が胸の中で煮詰まり、その気持ちが爆発したときにすべてを壊したくなり、危険な形で自分を傷つけてしまうことも・・・・・・。実際に、カウンセラーの私はそうしたケースをたくさん見てきました。

したがって、幼い頃にこそ、ありのままの「子どもっぽさ」を思いっきり体験できた方がいいのです。「子どもじみたことはしたくない」「やるべきことをしっかりやりたい」という大人っぽい自我は、幼稚園での集団生活に入る頃になれば自然に発芽し、年齢とともに育っていくもの。だから、成長を急かす必要はありません。「子どもは、子どもらしく」――これこそ、「自分らしい子」に育てるための大切な基本です。

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