世界遺産/ヨーロッパの世界遺産

グラナダのアルハンブラ宮殿/スペイン

アラベスク、カリグラフィー、象嵌細工、装飾タイル、モザイク、ムカルナスといったイスラム芸術の粋を集めたイスラム建築の最高峰・アルハンブラ宮殿。世界広しといえどもこれほど精緻な装飾は類を見ない。一方、ヘネラリーフェは天国を表現した美しい庭園で、アルバイシン地区は町歩きが楽しい迷宮都市。今回は見所豊富な世界遺産「グラナダのアルハンブラ、ヘネラリーフェ、アルバイシン地区」を紹介する。

長谷川 大

執筆者:長谷川 大

世界遺産ガイド

イスラム芸術の最高峰「グラナダのアルハンブラ、ヘネラリーフェ、アルバイシン地区」

二姉妹の間、ムカルナス

ナスル朝宮殿のライオン宮、二姉妹の間の天井部分。鍾乳石のように垂れ下がる装飾がムカルナス。5,000ものパーツから成るという

イスラム美術の最高峰が一堂に会するイスラムの至宝=アルハンブラ宮殿。特にハイライトとなるナスル朝宮殿では、他で見られないようなきわめて精緻な装飾を見ることができる。

今回はアルハンブラ宮殿を中心に、庭園が美しいヘネラリーフェ、町歩きが楽しいアルバイシン地区を含んだスペインの世界遺産「グラナダのアルハンブラ、ヘネラリーフェ、アルバイシン地区」を紹介する。

装飾と庭園の美を追い求めたイスラム建築の最高峰

ナスル朝宮殿のライオンの中庭

ナスル朝宮殿のライオンの中庭。中央下の水路が中庭を4つに分割している。「エデンの園」を再現したものといわれており、ペルシア発祥のこうした四分割庭園をチャハル・バーグという

諸王の間

ライオンの中庭、諸王の間。柱の下部は装飾タイルやモザイク、その上はスタッコ装飾、天井はムカルナス

インドのタージマハル、イランはイスファハンのイマーム・モスク、トルコはイスタンブールのアヤソフィア、エルサレムの岩のドーム等々(以上、すべて世界遺産)、イスラム建築には心を揺さぶられる傑作が少なくない。アルハンブラ宮殿は間違いなくその最高峰のひとつだ。これらイスラム建築で特に目を見張るのが内装と庭園だ。

キリスト教建築の内装の場合、『旧約聖書』や『新約聖書』に登場する神々の物語をレリーフや彫刻にして飾るのが一般的だが、イスラム教では人はもちろん動物の偶像制作も禁じられていたため彫刻や神像は造られず、その分装飾が発達した。

 

アセキアの中庭

イスラム庭園の傑作、アセキアの中庭

そしてイスラム教が誕生した西アジアは砂漠やステップが多く、水に対する憧れが強かった。水をふんだんに使ったペルシア庭園=パイリダエーザはパラダイスの語源となり、イスラム教の聖典『コーラン』に「天国には美しい川が流れている」との記述があることから、天国の川を模した美しい噴水庭園が盛んに造られるようになった。

神々の物語を直接描けない以上、こうした装飾や庭園が神のものであることを示す基準は「美」。この世のものと思われぬほど美しくあらねばならず、美は究極のレベルまで洗練された。そして、イスラム教の美はグラナダで集大成され、アルハンブラで見事に開花した。

 

アルハンブラ宮殿で注目したいイスラム装飾

リンダラハのバルコニー

アラベスクで埋め尽くされたライオン宮、リンダラハのバルコニー。外の中庭はレコンキスタ完了後に、カール5世によって増築された

とにかく美しいアルハンブラ宮殿の内装と庭園。その代表的な装飾デザインを紹介しよう。

■アラベスク
アラベスク

スタッコ(化粧漆喰)を用いて造られたアラベスク。上と左は文字を象ったカリグラフィー

人や動物の彫刻や絵を禁じられたイスラム圏では文字や幾何学図形・植物を描いた紋様が発達した。これがアラベスクだ。

ギリシア・ローマの科学技術を継承したイスラム諸国では数学が発達しており、幾何学や黄金比など数学の知識をフル活用して作られた紋様は美しく、安定感がある。アラベスクはイスラム社会の芸術的成果であるだけでなく、科学的成果でもあった。

こうした自然界の美を流用した植物紋様はのちにスペインのアールヌーボー=モデルニスモなどにも多大な影響を与えている。

 

■イスラミック・カリグラフィー
イスラミック・カリグラフィー

イスラミック・カリグラフィー。一見文字に見えないが、よく見るといろいろなところに文字が使われている

カリグラフィーとは装飾文字のことで、文字を文字として認識するのではなく、装飾紋様として利用するところに特色がある。

経典『コーラン』の最大の特徴は、それが「神の言葉」であるという点。他の聖典は神の言葉を預言者が翻訳したものと受け取られているが、『コーラン』の言葉は神の使者である大天使ジブリル(ガブリエル)が直接ムハンマドに伝えたものとされている。イスラム教徒が母国語に加えて必ずアラビア語を学ぶのは、こんな理由による。

そして偶像崇拝ができないイスラム教徒たちはその神の言葉をそのまま装飾として利用した。アルハンブラ宮殿のそこここに見られるアラビア文字のレリーフや象嵌細工・彫刻は、多くが『コーラン』から引用されたものなのだ。

 

■象嵌細工
象嵌細工

石を嵌め込んだ精緻な象嵌細工。石自体が発色するので色の劣化がない

土台となる素材に模様となる象を彫り、そこに別の素材を嵌(は)め込む装飾技法を象嵌と呼ぶ。メソポタミアで誕生してイスラム圏で発達した。

西アジアでよく見られるのは、大理石に金銀やダイヤモンド、サファイヤなどの宝石を嵌め込んだ象嵌。宝石で作られているため美しいのみならず、その輝きはいつまでも衰えることがない。

グラナダやコルドバ、セビリアの名産である磁器や木工製品にはよく大理石などの宝石が嵌め込んである。これらも象嵌細工だ。

■モザイク、装飾タイル
タイルや石、ガラス、貝殻などの小片を貼り合わせて描き出す絵をモザイクという。点画の点を小片で代用するもので、色の劣化がないため「永遠の絵画」と呼ばれる。アルハンブラ宮殿にはさまざまな宝石やガラスで作られたモザイクがある。

また、陶磁器に直接模様を描く装飾タイルもアンダルシア地方の名産。アルハンブラ宮殿は象嵌、モザイク、装飾タイル、レリーフ等々、さまざまな技法を使って彩られている。

■ムカルナス
ナスル朝宮殿のライオン宮、二姉妹の間のムカルナス

ナスル朝宮殿のライオン宮、二姉妹の間のムカルナス

鍾乳洞に垂れ下がる鍾乳石を模した美しいイスラム装飾がムカルナスだ。主に天井を装飾するもので、ハチの巣のようなハニカム構造を持つものもある。

ドームなどと併用されることが多く、ドームから入る光がムカルナスに反射して複雑な陰影を作り出す。太陽の位置によって変わるこの変化がまたなんとも美しい。
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