人生とは連続する刹那である

人生とは線ではなく、連続する点である

人生とは線ではなく、連続する点である

キャリアプランを考えると、登山で山頂を目指すイメージで高邁な長期目標を立て、そこに辿り着くための道筋を描く方法が主流です。この捉え方であると、ほとんどが人生そのものではなく、人生の途上になってしまうとアドラーは危惧しています。仮に何らかの理由で山頂に辿り着けない場合、仮の人生のまま、人生が中断されてしまうようなものです。

このような捉え方は人生をで捉えていると考え、アドラーは点の連続として人生を捉えています。すなわち、人生とは連続する刹那であるという捉え方です。われわれは、「いま、ここ」にしか生きることができないことが立脚点なのです。

線という捉え方は例えば、いい大学、大きな企業、安定した家庭、そんなレールに乗ることが幸福な人生なのだと。一般的にキャリア設計は線で捉えることが前提ですが、点の連続でしかないと捉えることで、計画的な人生などそれが必要か不必要かという以前に、不可能なものとアドラーは捉えています。

人生とは、いまこの瞬間をくるくるとダンスするように生きる、連続する刹那であり、そしてふと周りを見渡したときに「こんなところまで辿り着いていたのか」と気づかされるという捉え方です。

「いま、ここ」を真剣に生きる

ダンスを踊っている「いま、ここ」が充実していれば、それでいいというのがアドラーの考え方です。つまり、目的地は存在しないということです。目的地に到達せんとする人生は「キーネーシス的(動的)な人生」で、ダンスを踊るような人生は「エネルゲイア的(現実活動態的)な人生」とこの本では分けています。

前者であれば、弁護士になるという目的地があったとしたら、なるべく早く、なるべく効率的に到達するように計画をします。目的が達成されなければ、到達していないという意味において不完全を意味するのです。そのためには相当の精神力(忍耐力や持続力)が必要なのです。

後者は、「いまなしつつある」ことが、そのまま「なしてしまった」ことであるような動きを意味します。「過程そのものを、結果とみなすような動き」と考えるのです。ダンスを踊ることもそうですし、旅なども然りです。