マーケティング/マーケティング事例

プロ視点で読むネーミング 「新幹線駅名決定の失敗」

北海道新幹線の新駅名が新函館北斗になりました。函館市ではないのに新函館と付ける理由とは何か。数々のネーミング、キャッチコピー制作作業にも関わってきたプロの視点でお伝えします。

新井 庸志

執筆者:新井 庸志

マーケティングガイド

ネーミングは簡単であり、難しい

マーケティングの仕事を長くしていると、ネーミングという仕事に携わることも多々ある。ネーミングを決めるためには、コンセプト、インパクト、覚えやすさ、競合との差別性、商標登録関係の他、さまざまな要素を考慮する。複数のコピーライターがそれぞれ100案以上もコピーを出してくる中で、絞り込んで行くことも珍しいことではない。何を重視して、どうやって決定しようかというポイントを定めていなければ、検討しているうちに何が何だかわからなくなってしまう。ネーミングを決めるのは難しいのだ。

一方で、ネーミングは物心ついた子どもから企業経営者まで、好き好きに意見を言うことができる。広告の中でもとりわけネーミングやキャッチコピーは誰でも意見が言いやすいものでもある。

だからこそ広告業務ではおかしなことが往々にして起きる。最近では少なくなって来たが、かつては広告主の宣伝部からネーミング提案のオリエンテーションを受け、それにしたがって提案をし、宣伝部長まで承認されても、社長の「俺は好きじゃないな」的な一言で、数ヶ月に渡って積み上げて来たものが白紙に戻るということも少なくなかった。仮に社長がその製品のターゲットとは完全に外れていても、最終決定が出来るのは社長であるから、おかしな決定がまかり通ってしまうのだ。

ネーミングを決定するには、あらかじめ判断基準をもうけておくことがとても大事なのだ。

新函館北斗駅ってどこにあるの?

駅名はどうやって決まるの?

駅名はどうやって決まるの?

北海道新幹線の駅名が決定した。青森から札幌を結ぶ途中には新函館北斗駅という駅ができる。この駅名が少しおかしいのだ。本来、ネーミングとはわかりやすく人に伝えるためにあるものだ。駅名であれば、その場所がどこなのかわかりやすいことが重要になる。しかし、新函館北斗駅は函館市と北斗市の争いによってわかりにくものとなってしまった。新函館北斗駅は函館市ではなく北斗市にできる。北海道新幹線は函館中心部を通らないのだが、北海道の玄関口としては函館のイメージが強いので、函館市としては函館をネーミングに入れることにこだわった。函館市も北斗市も引かず、最終的には「新函館」+「北斗」=「新函館北斗」になったのだ。新しく鉄道や道路が建設されることは、その自治体の活性化に繋げることが出来ると多くの自治体は考えている。だからこそ函館市は、函館市ではないのに函館という名称を入れることにこだわったのだ。

利用者の中には、函館と思って新函館北斗駅で降りたら実は函館までは遠かったという勘違いを起こしてしまう人も出てくるだろう。ちなみに、神戸駅と新神戸駅は駅は違えど同じ神戸市にあり、横浜駅と新横浜駅も駅は違えど同じ横浜市だ。しかし函館駅と新函館駅は函館市と北斗市という違う自治体にある。新函館北斗駅に新函館という名称は本来不要で、北斗市の名称だけで良かったのだ。本来は利用者のためにネーミングはあるべきものだが、利用者が完全に無視された形で決定されてしまった悪例だ。

多発する利用者不在のネーミング決定

今までにも新幹線駅名の争いはあった。上越新幹線の燕三条駅決定にいたるまでの燕市と三条市の争い、山陽新幹線の新山口駅決定にいたるまでの山口市と旧小郡町の争いなど、利用者にとってはどうでも良い自治体同士の駆け引きが駅名決定のたびに繰り返されている。利用者のメリットを考えないネーミング決定は、過去から続いている。

話は少しそれるが、利用者のメリットを考えないネーミングも最近増えている。その背景には、日本経済が成熟し、製品やサービスの差別化が難しくなったことがある。また世の中に情報が溢れかえり、人々が無意識のうちに情報を無視するようになっていることもある。消費者に情報が届かなくなればなるほど、大きな声やインパクトを持って伝えようとする。その流れの中でネーミングや商品説明も迷走し始めた。

「世界最高クラスのテクノロジーを搭載した××」、「世界中の関係者がリスペクトする超有名プロデューサーが手がけた○○」。これらはダミーのコピーではあるが、よくあるものだ。実は、この両方のキャッチコピーとも、実際の中身は薄い。例えば「世界最高クラス」というのは「世界最高」ではない。「世界最高」はNo.1表現なので、確実な証拠がなければ使えない。しかし「世界最高クラス」となると規制が曖昧になる。「世界中の関係者がリスペクト」という表現も、どこの誰がリスペクトしていて、世界中とはどこまでのことを言うのかが曖昧だ。超有名と言われても、実際には知名度が低かったりするのだが、このような表現は頻発している。最近、どこの業界を見ても、このような状況が見受けられる。実際には天と地ほどの違いがある企業や製品でも、表現によって似たり寄ったりさせることができるので、利用者からすると何が良いのかわからない状況だ。これも利用者のことを軽視した例と言えるだろう。

「鳩サブレー海岸」にしなかった豊島屋の英断

先日、鎌倉市が3海岸のネーミングライツ(命名権)の公募を実施し、鳩サブレーで有名な地元企業である豊島屋が命名権を獲得した。その後、豊島屋はネーミングを一般公募したが、もっとも多かった意見が「今のまま」ということだったので、豊島屋は意見を尊重して3海岸を今の名称のまま変えないという決定をした。やろうと思えば「鳩サブレー海岸」にでも出来たのだが、利用者メリットを重視した結果、今のまま変えないという判断をしたのだ。鎌倉市に支払う費用については、海岸の清掃費にでも使って欲しいとコメントを出した。ネーミングは変えなかったが、この決定に対して地元や利用者のみならず、全国から豊島屋に賞賛の声が相次いだ。ニュースは各種メディアでも取り上げられ、PRの広告費換算をすれば約2~3億円程度になった。利用者メリットを考え、結果として豊島屋は大きなメリットを受けることになったのだ。

利用者不在のネーミングの本当の意味

北海道新幹線の駅名称に限らず、ネーミングは自治体や企業のエゴであってはならない。利用者にとってのベネフィットを最優先に考えるべきだ。そうでなければ結局のところ、利用者の共感は得られず、支持されず、自治体や企業へのメリットは薄いものになる。たかがネーミング、キャッチコピーと言われそうだが、一事は万事である。利用者不在のネーミング、キャッチコピーの裏には、利用者・消費者のことを真剣に考えていない姿勢が現れている。それはネーミングやキャッチコピー以外の部分にも知らず知らず現れてしまうものなのだ。

「誰のために、それをやるのか?」
これはネーミングに限らず、マーケティング活動において基本中の基本なのだ。これを読んで頂いている方々は、ぜひ心のどこかに留めておいていただきたい。
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