映画の中で印象的なジャズベスト3
映画の中で印象的なジャズベスト3
これより現代にまで続く映画の歴史は始まりました。そして、もうじき100年にもならんとする映画とジャズの関係も、ここから始まったのです。
現在に至っても、映画のテーマやシーンの中でジャズが印象的に使われることは多くあります。そしてジャズの持っている一面でもある退廃的、官能的なサウンドは、その映画の作風や評価に影響を及ぼすものも少なくありません。
今回は、特に人間の声に一番近いとされるサックスで奏でられる、テーマが艶かしい映画の中から、ベスト3をご紹介いたします。
第3位 リドリー・スコット監督、ハリソン・フォード主演作品「ブレード・ランナー」より「愛のテーマ」 ディック・モリシー
ブレードランナー オリジナル・サウンドトラック
このいまだにカルト的な人気と影響力を誇る映画の音楽を担当したのはギリシャの作曲家、シンセサイザー奏者のヴァンゲリスです。ヴァンゲリスは、この映画のほかにも「炎のランナー」などでアカデミー賞のオリジナル作曲賞も受賞した、映画音楽の分野で国際的な評価を受けているアーチストです。
映画の封切から30年以上たった今でも、ヴァンゲリスのシンセサイザーの音色、作風、構築された音世界は色あせていません。
その中で、今回ご紹介するのはシンセサイザーとサックスによって奏でられる「愛のテーマ」。シンプルなテーマですが、映画の中でも印象的なシーンで使われ、それだけにサックスにとっては聴かせどころです。
この曲は、レプリカントの女性レイチェルと、ブレードランナーのデッカートのラブシーンで使われました。アルトサックスのGの音から、B♭の音まで、順番に下がってくるだけですが、何とも言えない甘く切ないテーマになっているのが見事です。
ここでサックスを吹いているのが、イギリスのソニー・ロリンズ派のサックスとして有名なディック・モリシー。ディック・モリシーは、テナーサックスを主に演奏する生粋のジャズマンですが、イギリスだけにロックバンドとも縁がある、フレキシブルな音楽性を持ったミュージシャンです。
テーマの途中ディックは、E♭の音を、効果的なグロウル奏法(ガーというような声を発しながら吹く奏法、ロックンロールでよく用いられる)で吹いており色っぽさを演出、大人の男の歌に仕上げています。
そのハートフルなサックスとヴァンゲリスによるシンセサイザーは、絶妙にマッチングしており、まさにレプリカント(ロボット)の愛のテーマにふさわしい近未来的なサウンドになっています。
劇中の、ハリソン・フォード扮するブレードランナーのデッカートのもつ野性味と熱情、それと相反するかのように、殺し屋として大都会に生きる者の持つ寂しさや冷めた感覚。それらを感じさせる名演です。
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ディック・モリシー、その他のおススメ 「ヒア・アンド・ナウ・アンドサウンディング・グッド!」より 「リトル・ミス・サッドリイ」
ヒア・アンド・ナウ・アンド・サウンディング・グッド!
ハード・バップ期のいぶし銀の名テナー奏者JRも速い曲だけでなくバラードにも独特のハードボイルドな味わいがあります。ここでのディックによる演奏も極力センチメンタルなイメージを排除したビターな味わいがグッド。
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第2位 マーティン・スコセッシ監督、ロバート・デ・ニーロ主演作品「タクシー・ドライバー」より「メインタイトル」 トム・スコット
「タクシー・ドライバー」オリジナル・サウンドトラック
ベトナム帰還兵のトラウマや一般社会への復帰および適合の難しさという内容を含んだシリアスな作品です。アメリカの抱える問題に取り組んだ社会派のテーマでありながら、その上で銃社会における殺人というリアルで身近な暴力を取り上げた傑作映画です。
ここでの「メインタイトル」は、トム・スコットのアルトサックスにより奏でられます。甘いメロディですが、トムによる吹奏は、決して甘さに流れずに、むしろ男らしいエッジの利いた音色で奏でられているのが特徴です。劇中のロバート・デ・ニーロにより演じられるトラヴィスという男の抱えた心の傷の深さを表しているかのようです。
音楽を担当し、作曲したバーナード・ハーマンはこの作品が遺作。そしてなおかつ代表作と呼べるものになりました。残り少ない時間を惜しまず注ぎ込んだ懇親の作品と言えます。その思いに答えるように、トムのサックスは大都会の夜を思わせるクールさでハードボイルドに鳴り響きます。
トム・スコットは、1948年アメリカ西海岸ロサンゼルス生まれの、LAフュージョン界を代表するサックス奏者です。グラミー賞には十四回ノミネートされ、三回受賞している大スター(2014年5月現在)ですが、日本での人気はその名声の割にあまり高いとは言えません。
フレキシブルにあらゆるサックスを扱い、リリコンなど電化サックスも早くから手掛けていた実力者ですが、あまりに聴きやすいサウンドを追求する姿勢が、日本受けしないのかもしれません。また、アドリブに今ひとつ強烈な個性が見られないのと、これといった決定盤や代表作が無いのも、その理由の一端でしょう。
そういった中で、このタクシー・ドライバーはそのテーマの良さもあって、彼のサックスの代表作とも呼べる演奏と言えます。
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トム・スコットその他のおススメ「アップル・ジュース」より「ゲッティン・アップ」
アップル・ジュース
モダンジャズでは、同じように、ウェストで活躍していたアルトサックス奏者アート・ペッパーが、イースト・ジャズの代表のようなマイルス・デイヴィスのバックメンバーと一緒に吹き込んだ「ミーツ・ザ・リズムセクション」という名盤がありますが、そのフュージョン版と言ってもよいかもしれません。
普段とは毛色の違うサウンドを持っているメンバーとのジョイントで、トムの良さが分かりやすく引き出された名演と言えます。
中でも「ゲッティン・アップ」は、テナーでのテーマの後、トムが持ち替えたリリコンの快調なソロが続きます。そしてその後に再度持ち替えたテナーとリチャード・ティーのピアノの掛け合いがスリリング。1980年代当時のフュージョンバンド最良の姿がここにあるといっても良い快演です。
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第1位 ベルナルド・ベルトリッチ監督、マーロン・ブランド主演作品「ラストタンゴ・イン・パリ」より「ラストタンゴ・イン・パリ・タンゴ」 ガトー・バルビエリ
Last Tango in Paris (Original Motion Picture Soundtrack)
そして、この映画の音楽を担当したのが、なんとアルゼンチンのフリー系ジャズのテナーサックス奏者、ガトー・バルビエリだったというのが、国際色に一層花を添えています。
映画の内容はと言いますと、これが賛否両論の問題作で、当時にしてはそのあまりの過激な性描写で、主演のマーロン・ブランドは裁判にかけられてしまったほどのものです。
作品の評価は分かれますが、裁判にまでなり、しかも負けてしまったマーロン・ブランドと主演女優のマリア・シュナイダーにとっては、思い出したくもない映画のようです。
それでも、ガトーの担当した音楽は非常に素晴らしいものです。このテーマ曲においての、バンドネオン(アコーディオン)によって奏でられる妖しくも艶っぽいタンゴのメロディ。作曲者のガトー・バルビエリのテナーサックスは、いつもの情熱的なフリーキートーン(ギャーというように聞こえるフリー系サックス奏者が高音で用いる奏法、ジョン・コルトレーンやファラオ・サンダースなどがよく用いた)は控えめに、妖しい雰囲気を湛えたテーマを綴っていきます。
タンゴのリズムが、異国情緒を醸し出し、パリが舞台のこの問題作において、隠微で、刹那的な花園の雰囲気を醸し出します。そのガトーの不安定に揺れ動くサックスは、盛り上がってきたところで性急に終わりを告げます。それは、2人の情事が、一瞬にして終わりを告げるのを表しているかのようです。
この録音当時のガトーは、40歳。まさにサックス奏者として最も脂の乗り切っていた時代です。同時期の他のライブ録音などでは、何時間にもわたってフリーキーな音で吹きすさぶ荒々しい音楽を聴くことができる時期です。
そのガトーが映画のサントラに挑み、見事にやりきったというところに、ジャズメンの持つ奥行、ポテンシャルの高さを感じずにはおられません。
この他にも聴きどころの多いCDですが、3曲目「ガール・イン・ブラック」も妖しい魅力にあふれるタンゴ曲です。ガトーのテナーによるテーマは、ゆらゆらとまるでダンスをしながら吹いているかのようです。
ガトー・バルビエリその他のおススメ「エル・パンペーロ」より「ミ・ブエノス・アイレス・クエリド」(私の愛するブエノスアイレス(アルゼンチンの首都))
El Pampero
2人とも、どちらかというとフリーとは縁遠いミュージシャン。ガトーにあっているとは思えませんが、委細かまわず自身の信じた道をひた走っていくガトー……。
フリーキートーンの後の、いつもながらの哀愁あふれるテーマが見事。アルゼンチンの首都ブエノスアイレスへの思いをガトー流に、熱く表現します。
ブエノスアイレスには、まだ行ったことはありませんが、きっと相当に情熱的な所なのでしょう。機会があったらこのガトーの音楽とともに、是非とも尋ねてみたいところです。
今回の映画におけるサックスが奏でる官能テーマ、ベスト3はいかがでしたか。この他にも、たくさんご紹介したい映画に使われたジャズがあります。この次の機会にご紹介させていただきますね。それでは、また次回お会いしましょう!
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