「勧進帳」全ストーリー解説・前編
歌舞伎の演目人気ナンバーワンの勧進帳をとことん楽しむためのシリーズ第2回です。前回の物語の背景に続き、舞台で上演される実際のストーリーについてお話しします。【関連記事】必ずわかる「勧進帳」の楽しみ方(1) 物語の背景
■安宅の関 ~知られていた変装~
ここは、現在で言う石川県小松市安宅町。「安宅の関(あたかのせき)」と呼ばれる関所です。ここは義経を捕えることのみを目的に新設された関所で、その責任者をつとめるのが富樫左衛門(とがしのさえもん)という人物です。この富樫は使命感に燃えている男で、決して山伏を通すまいと決意しています。
さて。前回、義経一行が山伏に変装して都を脱出したことを書きました。それが、たったひとつの方法だったからです。ところが山伏に変装して義経一行が脱出を図ることは頼朝もとうに察知していました。考えてみれば当然です。どちらも当時の状況を知り尽くしています。もし、落ち延びようとするなら義経一行は山伏になりすます以外の手段はないと、消去法で推理可能です。
そこで頼朝が下した命令は「関所を通ろうとする山伏は絶対に通してはならない」という厳しいものでした。状況はほぼ絶望的と言ってもいいでしょう。山伏を通すな、と命令を受けている関所を、山伏の姿で通り抜けようというのですから。
この絶望的な状況の中。義経一行が安宅の関付近までやってきます。山伏への警戒が厳しいため、義経はすでに山伏の姿ではなく、雇われ人の強力(ごうりき=荷物運びを生業とするひと)の姿になっています。「名もなき者に討たれるくらいなら、潔く自害した方がいいのではないか」と弱音を吐くほどに疲弊している義経。しかし武蔵坊弁慶は「決してあきらめることなく、私におまかせください」と力強くうけおい、一行は関所に向かうのでした。
■勧進帳 ~弁慶の豪胆~
いよいよ一行は関所にやってきます。大勢の山伏たちを前に、関所の役人たちは一斉にどよめきます。それに向かって弁慶は「我々は奈良の東大寺の再建資金に充てる寄付を募るための旅をしている。頼朝さまの命令はニセ山伏を捕まえろというのだから、本物の我々は通れるはずだ」と詰め寄ります。
しかし富樫は、たとえ本物でも関所を無理に通ろうとすれば命はないと申し渡します。実は前日も、無理に通ろうとした山伏を殺害していたのです。普通なら、ここで諦めても仕方ない状況かもしれません。
しかし、弁慶は違いました。「そのような理不尽によって殺されるなら最後に祈りを天に捧げ、その後で殺されてやろう」と言い、四天王とともに山伏独特の祈りを捧げます。
当時山伏には呪術的な能力があると信じられていました。富樫たちにすれば、これはかなり薄気味悪い。ひょっとすると本物かもしれないわけです。そうなると、万が一彼らを殺しでもすれば、呪いをかけられるかもしれない。そこで富樫は方針を変更します。彼らが主張するように本物の山伏か見極めよう、というのです。
その第一が「勧進帳の確認」です。東大寺再建の寄付を募るなら、その趣意書(=勧進帳)を持っていなければなりません。それを読み聞かせてくれ、と富樫は弁慶に命じます。
富樫左衛門
当然、弁慶は勧進帳など持っていません。しかし彼は全く動じる様子も見せず、荷物の中にあった巻物を取り出し、富樫の目の前でスラスラと読み上げます。もちろん、これはすべてアドリブ。弁慶の腹の据わり具合には驚かされます。
■山伏問答 ~さらに厳しい追及の手~
勧進帳を聞かされた富樫は「これは本物かもしれない」と思い始めます。とはいえ、これだけで通すわけにはいきません。
そこで富樫は弁慶に対して「山伏の由来」を問いただしていきます。本物の山伏なら、その成り立ちや役割もすべて理解しているはずだからです。次々と繰り出される富樫の問い。それに次々とかぶせるように答えていく弁慶。二人の間に火花が飛びます。そしてついにすべての問いに堂々と答えきった弁慶を見て、富樫も疑いを解きます。
これほどの問いにも答えられるなら、間違いなく徳の高い山伏なのだと考えたのです。本物であるなら、ぜひ東大寺の勧進(=寄付)に参加したいと富樫はお布施を彼らに提供し、関所を通ることを許可します。
■呼び止め ~絶対絶命の危機~
ほっとした弁慶たちは義経を最後尾に(荷物持ちなので身分を低く扱うのが自然)歩き始めます。ところが富樫の家来が気付きます。目深くかぶった笠の内に、とても荷物持ちとは思えない人品優れた顔が見えてしまったのでしょう。富樫は報告を受けるやすかさず刀をとり、義経を呼び止めます。「そこの強力、動くな!」
弁慶たちに緊張が走ります!四天王は「もはやこれまでか」と一気にいきり立ちますが、弁慶はそれを押さえて駈け戻るのでした。
物語解説(後)に続く