能の『羽衣』との関係性、『HAGOROMO』で描かれる世界とは?
森山>能の演目を題材にするときは、僕なりの切り口をしっかり持つことが重要だと思っています。能自体は完成しているものだから、ダンス作品にする上ではっきりテーマを持たないと、能に対して失礼にあたる。そういう意味では、敬意を持って自分の“こうしたい”という考えを明確にするようにしています。今回切り口として考えているのは、白と黒の羽衣。能にもいろいろな作品がありますが、怨念が渦巻いていたり、ドロドロしたものもある。『羽衣』は、優雅で美しく、とてもピュアな作品ですよね。人間は羽衣を返すかわりに最後に踊りをみせてくださいと天女に頼みますが、本心ではもし返したら踊らず月に帰ってしまうだろうと考える。だけど、疑う心を持つのは人間だけ。天女には疑う心がない。純粋なんです。純粋に、羽衣を返してもらった御礼に舞をみせる。最後に天女が純粋な心で踊るのが、この作品の特色だと思っています。
能の『羽衣』は地謡方の中に白と黒の天人が出てきて、順番に月の都の情景を描いてゆく。彼らは光と影の役割を司っていて、満月のときは白の天人が沢山いて、黒の天人が多くなると三日月になる。白と黒の天人が月の満ち欠けを告げていく、それってとても素敵だなと思って。月や宇宙のことって今ではいろいろ解き明かされているけれど、昔のひとたちはそういうことがわからないから、いろんなことに置き換えて表現していたんですね。
「TSUBASA」(2010)
(C)Mitsunori Shitara
僕自身小さい頃に月を見て、夜空に穴が空いてるのかな、なんて思ったりした。満月は穴で、向こう側に光に満ちた世界があって、その出入り口なのかなって想像したり(笑)。月にまつわる話って、全世界にあるじゃないですか。そこを切り口にして、白と黒の羽衣の世界をつくっていこうと考えています。
バリの芸能について調べていたら、白と黒の世界観というのが向こうにもあるんですよね。チャロナランにも善と悪の象徴のバロンとランダが出てきて、戦いを繰り広げたりする。最終的に決着がつかなくて、いつも終わらない。アメリカのヒーローものみたいに善が悪を滅ぼすのではなく、共存している。同じようなことがバリの思想の中に沢山あって、今回の『HAGOROMO』にも取り込んでいくつもりです。
光が白だとすれば影が黒で、光があるから影があるということ、それによって世の中が美しく照らされていくということを表現していきたい。人間は疑う心を持っているけど、ある意味人間とはそういうもので、全てを拭うことはできない。そういう黒い部分も含めて、白と黒で象徴的に作品を描いていこうと思っています。
『HAGOROMO』ホーチミン公演
(C)Le Quang Nhat
衣装や舞台セットはどのようなものを考えていますか?
森山>能の『羽衣』の衣装は豪華ですけど、『HAGOROMO』はあえて白と黒にしようと考えています。まずは、羽衣を使いたいという想いがあって。天池合繊という世界一薄いジョーゼットをつくっている会社の、その名も『天女の羽衣』という布を使います。パリコレに使用されるなどファッション業界でニーズがあったり、外国の著名なバレエ団で舞台衣装に使っているところがあったりと、日本より海外でよく知られているようです。『天女の羽衣』は本当に繊細な糸を紡ぎ合わせてつくられているので、透明に近い感じ。それを用いて、白と黒の羽衣に仕立てます。セットは僕がつくっています。月の象徴のオブジェを置いた、シンプルな舞台です。もともと僕は踊り始める前から物をつくること、工作みたいなことが好きで。ソロダンスを始めたときも、いつも自分で美術をつくっていました。当時は予算がなかったこともありますが、自分で手をかけたものだから、やっぱりそれは自分の味方になる。近頃はアーティストにお願いすることもあるけれど、できるだけ自分でやるようにしています。大きなホールで公演をするときは専門家がいますから、手伝ってもらいながらつくったり。
能には竹を用いた作り物が沢山出てきますが、能楽師はみなさん自分でつくるそうです。シテ方の津村先生自らつくることもあれば、地謡方がつくるときもあるし、みんなでつくってゆく。昔から舞台という空間を自分たちでつくってきた心意気が、現代でも息づいている。僕もオブジェや衣装といろいろつくってきたので、どこかリンクする部分があって。佐渡では津村先生と一緒に作り物の制作に参加して、先生のお手伝いをさせてもらいました。僕自身仕込みが大好きだし、みんなで一緒にひとつの舞台をつくっていければという気持ちでいつもやっています。
『Shakkyou』(C)Ryo Shirai