中世が香る「黄金の街」プラハ歴史地区

プラハは喜びの街だ。古都にもいろいろがあるが、プラハほど喜びに満たされた街を、私は知らない。喜べる街と喜べない街。この差はおそらく芸術にある。人々が自由に満たされるとき、自由=無目的はアートになる。自由がなくなるとき、すべてが目的に満たされて、人の行為は仕事になる。

アートが咲き乱れる自由の街、プラハ。今回は1,000年の歴史を誇るチェコの世界遺産「プラハ歴史地区」をご案内しよう。

「黄金の街」プラハをお散歩しよう!

橋塔から見たマラー・ストラナとフラッチャニ地区。中世の街並みがそのまま残っている。左下がカレル橋で右上がプラハ城 ©牧哲雄

橋塔から見たマラー・ストラナとフラッチャニ地区。中世の街並みがそのまま残っている。左下がカレル橋で右上がプラハ城 ©牧哲雄

フラッチャニと呼ばれる丘の上からプラハを見下ろすプラハ城。ペトシーン公園展望塔からの眺望

フラッチャニと呼ばれる丘の上からプラハを見下ろすプラハ城。ペトシーン公園展望塔からの眺望

つけられたあだ名は「黄金の街」「魔法の都市」「百塔の街」「北のローマ」「宝石の都市」「建築博物館」「欧州の音楽院」など多数。1,000年の歴史を誇る街並みにはロマネスク、ゴシック、ルネサンスからロココ、アール・ヌーヴォーまで、あらゆる建築様式が混在し、カフカやリルケ、ドヴォルザークやスメタナを輩出し、モーツァルトやシューベルト、ミュシャが愛した街だけに、ゆかりの文化財も数多い。

プラハは語ることがあまりに多い。しかし、プラハの本当の価値は、語ることなんかにはない。フランツ・カフカはプラハをブラブラ歩きながら、作品の構想を練った。当時、彼にとって価値あることは、テキストと、プラハだった。彼らの思い出や物語を追って街を歩くのも一興だが、彼らが愛したプラハの空気にこそ、本当の価値がある。

 

とてもキュートなプラハ城内の黄金小路。青い建物がカフカが仕事場としていた家

とてもキュートなプラハ城内の黄金小路。青い建物がカフカが仕事場としていた家

それはそんなに難しいことじゃない。カフカのように、ただ歩く。だって自由の街を規則正しく不自由に動いて理解なんてできるはずがない。世界遺産に登録されているのは旧市街なので、どうしたって目立つ旧市街広場とプラハ城を結ぶ直線とその周囲をプラプラ歩けばいい。たいてい目立つ場所の周囲に重要な建物が集中している。

実際、旧市街広場の近くにある火薬塔からプラハ城までを「王の道」と呼び、ここに文化財が集まっている。