マイケル・ジャクソンに憧れて


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福岡雄大さん

新国立劇場バレエ団プリンシパル、福岡雄大さん。カンパニーきっての技巧派であり、また次世代のバレエ界を背負って立つ実力派である。入団して四年あまり。すでに数々の作品で主演を務め、確かな評価を手にしてきた。

バレエを始めたきっかけは、「マイケル・ジャクソンに憧れて」という、バレエダンサーらしからぬ意外な動機。
「衝撃的だったんです。踊りで人を熱狂させてる姿をテレビで見たとき、“スゴイ!”って子供心に思って。今でもその光景はハッキリと覚えてますね」

母親に連れられ、7歳のとき姉が通っていたケイ・バレエスタジオへ。福岡さんは、姉ひとり、兄ひとりという三人兄姉の末っ子。ピアノ、プール、そろばん、塾と、兄姉がやることはたいてい一緒にやってきた。バレエ教室の門を叩いたのも、ごく自然な流れだったという。

ケイ・バレエスタジオといえば、大阪に本部を置く名門教室。先輩には新国立劇場オノラブル・ダンサー(名誉ダンサー)の山本隆之氏が、同期にはやはり同バレエ団団員の福田圭吾氏が在籍するなど、錚々たるダンサーを輩出している。ゆえに、“男の子がバレエをやる”ことに対する照れや戸惑いは一切なかったという。
「周りに男の子がいたので、抵抗はなかったというか。小さい頃はホントに何も考えてなくて(笑)、ただ楽しかったのだけを覚えてます。発表会でも、ずっとニコニコ笑いながら踊ってたらしいです」
しかし、名門教室だけあり、厳しさも一流だ。稽古中、叱られることは日常茶飯事。
「バーに寄りかかってたりすると、“受ける気ないんなら帰りなさい!”って怒られたり。でも、帰らなかったです。泣きながらレッスンしてました(笑)」

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ケイ・バレエスタジオ時代。
『パリの炎』を踊る


活発で運動神経抜群、身体を動かすことが何より大好き。サッカーにバスケ、ドッヂボールと、バレエ以外の魅力も沢山あった。加えて、「ピアノは3日で辞めました(笑)」という、いわゆる三日坊主体質。それでも、バレエ熱は一向に醒めなかった。
「授業が終わった後校庭でサッカーして、家に帰ってランドセルを置いて、また公園に集まってサッカーして……。でも5時半からバレエのクラスがあるから、途中で切り上げてレッスンに行かなきゃいけない。もっと遊びたいなとも思ったけれど、バレエに行ったら行ったですごく楽しい。ただ、泥だらけの靴下で教室に行って、先生に注意されたりしたことも(笑)」と、やんちゃな子供時代を過ごす。

ケイ・バレエスタジオでは、クラシックに加えコンテンポラリー・ダンスも学んでいる。クラシックバレエの教室では珍しいケースだ。クラシック一辺倒になりがちなバレエダンサーにとって、コンテンポラリーの柔軟な動きを身に付けているのは大きな強みでもある。「すごく恵まれていたと思う」とは言うものの、当初はそこまでの自覚はなかったとか。コンテンポラリーのクラスが始まったのは、小学校高学年のころ。
「当時は水泳も平行して習っていて、コンテンポラリーのレッスンと時間がかぶってしまう。初めてコンテのクラスが始まる日に、いつも通り水泳の教室に行ったら、後日先生に呼び出されて。“他の子は全員来てるのに、何で雄大だけ受けないんだ”と叱られました(笑)。今振り返ると、あの時先生がそう言ってくれなかったらコンテもやってなかったかもしれないし、新国立劇場バレエ団にもいなかったかもしれません」

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                                                 ケイ・バレエスタジオ時代。『エスメラルダ』を踊る


初コンクールは、小学校六年生のときに出たこうべ全国洋舞コンクール。
『海賊』を踊るが、結果は予選落ち。
「全く覚えてないんです。舞台に出ていって、気付いたら次の瞬間ポーズをしながら幕に入ってた(笑)。たぶん緊張してたんでしょうね。コンクールに限らず、緊張は常にします。今でもたまに、ふっと意識がないときがあって。だから、“舞台どうだった?”って聞かれても自分ではわからない。“観たひとに聞いてください”って、いつも言ってるんです(笑)」