絵本/絵本関連情報

没後80年 絵本で読む宮沢賢治の世界(3ページ目)

2013年は、宮沢賢治没後80年にあたります。この節目の年に、あらためて宮沢賢治の童話等を原作とする絵本を振り返ってみましょう。絵本という視覚化された表現を通して、これまで気付かなかった賢治の魅力を再発見できるかもしれません。

執筆者:大橋 悦子

どんぐりの裁判を描く謎めいた物語『どんぐりと山猫』

9月の、とある土曜日、一郎におかしな葉書が届きました。それは、山猫から届いたもので、「翌日、面倒な裁判があるため、飛び道具を持たずに出席して欲しい」という内容でした。次の日、栗の木や笛ふきの滝などに山猫の居場所を尋ねつつ向かった先で、一郎は山猫の判事に出会います。決着の難しいどんぐり同士の争いに、一郎はどのような判決を提案したのでしょうか.……。

『どんぐりと山猫』は、異界を描くことが多い宮沢賢治の作品の中でも、特に謎の多い童話です。一郎はなぜ、栗の木や笛ふきの滝といった人間ではないものと会話ができるのか? 山猫判事は、どうして一郎に助けを求めたのか? 何かが気になり始めると、次から次へと不思議が連鎖していき、理詰めで答えを得られないことばかりが続く物語なのです。

裏を返せば、その部分にこそ、絵本作家が力を発揮できる場所があるのかもしれません。そのためか、『どんぐりと山猫』の絵本には、物語の謎に対して作者なりの答えを絵の中に込めた作品が、とても多いように思います。そのあたりにも注目しながら絵本を読んでいただけると、お話の内容に新たな発見があるかもしれません。

■どんぐりと山猫 高野玲子

猫を描き続けている銅版画家の高野玲子さんが、その技法を駆使して幻想的な賢治童話の世界を表現した絵本が、この『どんぐりと山猫』です。この作品を読む時には、どうぞ裏表紙も忘れずにご覧ください。そこには、山猫の判事が、もう一人の登場人物である馬車別当(註:馬車を扱う係りの人)やいくつかのどんぐりとともに、少し小高くなった草原から、一郎の家と思われる民家を見下ろしている絵が載っています。

けれども、賢治の原作にそのようなシーンはありません。おそらくは、高野玲子さんの解釈に基づく創作なのでしょう。けれども、絵本の読者は、そのたった1枚の絵から、作者が賢治の童話をどう読み、絵本を通して何を伝えようとしているのかを想像することができるのです。これは、絵本ならではの読み方です。

ただ、1枚の絵から作者の想いを受け取るという読み方は、絵本にだけ許された楽しい読み方ですが、反面、原作のイメージを絵によって限定してしまうおそれもあります。私たち大人は、そのことを心に留めて絵本を読まなくてはいけないと思います。

■どんぐりと山ねこ 高畠純

高畠さんは、以前雑誌のインタビューで「僕は、動物の姿を借りて人の性格を描く」とおっしゃっていました。それは、異界のものや自然を通して社会や人間を描く宮沢賢治の童話に通じるものがあります。また、高畠さんの作品はどれも、ユーモアに溢れていて、読者を知らず知らずのうちに笑顔にするものばかりです。そんな高畠純さんが、宮沢賢治の童話を絵本にするとどうなるのか……、読む前から期待が高まりますね。

そして、高畠版の『どんぐりと山ねこ』は、そんな期待を裏切らない作品です。山ねこや馬車別当ばかりでなく どんぐりたちも、みなユニークで、とても愛らしく描かれ、他の『どんぐりと山猫』にはない明るさを感じます。ちょっととぼけた味わいのある絵が、宮沢賢治の童話が持つユーモラスな部分を、際立たせていますね。

幼い子には少し難しいところもある賢治の文章も、高畠さんの絵が添えられているなら楽しく読めそうです。初めて宮沢賢治を読むような小学校前のお子さんにも、安心して薦められる1冊です。

>> 次は、宮沢賢治の代表作から2つの絵本をご紹介します

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