食べられることのなかった『まっ黒なおべんとう』

『まっ黒なおべんとう』

弁当箱を抱えたまま原爆に散った男の子の実話『まっ黒なおべんとう』(画像提供:Amazon

「空になったお弁当箱って、何度見ても嬉しいな」。そんなことを感じていたからでしょうか。「おべんとう」の文字がタイトルに入った1冊の絵本が、図書館で偶然目に留まりました。

終戦間際の広島。中学1年生のしげる君は、歯医者になってお父さんの後を継ぐことを夢見る少年でした。しかし、勉強ができる環境ではなく、空襲によって火災が広がるのを防ぐために家を壊す「建物疎開」という仕事に、毎日毎日出かけていました。8月6日の朝、お母さんのシゲコさんが作った大豆と麦の混ぜ飯のお弁当を持って、元気に仕事に出かけたしげる君の姿が、シゲコさんにとって最後に見た姿。原爆投下後、2日間探し回って見つからなかったしげる君の姿は、3日目の朝、骨となった姿で、真っ黒に焦げたお弁当箱を抱えるような姿でシゲコさんに発見されました。

実話をもとにした絵本。まっ黒なお弁当箱は、広島平和記念資料館に展示されているそうです。折免シゲコさんと息子の滋君(当時13歳)に起きたことを、半世紀のちに、広島市の中学校教師をしていた児玉辰春さんがシゲコさんから聞き取って童話化しました。
 

 

 

戦争によって断ち切られる日常

家族のために作るお弁当には、作る人の何らかの思いが常に込められているはずです。慌ただしい朝でも、弁当を広げる時の家族の表情や気持ちを想像するのではないでしょうか。そしてシゲコさんも、きっと……。米に大豆と麦を混ぜたおかずのないお弁当を、「嬉しい」と喜ぶしげる君。シゲコさんにとって、毎日元気な姿のしげる君が、空になったお弁当箱持ち帰る姿が、何よりの幸せだったかもしれません。その幸せは、一瞬にして永遠に奪われました。「しげる! あんたはべんとうも食べないで死んだの!」。原爆で息子を亡くしたお母さんの悲痛な叫びが、絵本の中からダイレクトに心に突き刺さります。
 

『真っ黒なおべんとう』通し、戦争について子どもたちと考えたい

物語は、シゲコさんが孫たち(しげる君の弟の子どもたち)に語る形で展開します。真っ白なアジサイが咲く季節に、いつも静かに涙を流しているおばあちゃん。その涙の訳を問うた孫たちに、シゲコおばあちゃんはしげる君との思い出、しげる君の最期への思いを語ります。

私は子どもの頃両親から、学童疎開体験や東京大空襲時にビルの地下に逃げ込んだ体験を繰り返し聞いたことがあります。しかし、やはりどこかで、過ぎ去った昔の話として聞いていたような気がします。戦争は過去のことで、自分たちにはもう起こらないことという気持ちがあったのでしょうか。しかし、実際には戦争はこの世界中からなくなっていません。

笑顔でシゲコさんに手を振りながら出かけて行ったしげる君の明るい表情と、骨となって弁当箱とともに見つかったしげる君の姿のギャップはあまりに大きく、大人でさえ、心が沈みます。子どもと読むのにはつらい絵本です。

しかし、戦争について理解したり考えを深めたりすることはまだ難しい年代の子どもにも、お弁当という身近な存在を通し、しげる君とシゲコさんの無念さ、子どもの死を前にしたシゲコさんの、何年たっても消えることのない激しい怒りと平和を切望する思いは、しっかり届くでしょう。戦争をなくしたいという思いの一番の土台は、愛する人を守りたいという気持ちなのだということを、シゲコおばあちゃんが静かに考えさせてくれます。

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