歌舞伎/歌舞伎の基礎知識

歌舞伎の「ニン」とはどんな意味? 役者によって異なる芸の骨格

歌舞伎の「仁(ニン)」という言葉をご存知ですか? 歌舞伎の約束事は、いわばスポーツでの競技ルール。中でも「ニン」は普通に暮らしているとなじみのない言葉です。舞台に立つ役者によって異なると言われるニンとはなんなのでしょうか。

堀越 一寿

執筆者:堀越 一寿

歌舞伎ガイド

歌舞伎の約束事

歌舞伎のニンがわかればもっと面白くなる

歌舞伎のニンがわかればもっと面白くなる

五輪になると、見知らぬスポーツまで含めて、いろいろな競技を楽む人が多いようです。熱心な人は会社を休んでも、という方もいるでしょう。けれど、その盛り上がりの中でルールは知らないまま楽しんでいる人も少なくないようです。

スポーツ観戦というのは不思議なもので、ルールを知らなくとも結構楽しめます。一流のアスリートの肉体レベルの高さや、素人目に見ても十分に見ごたえのあるプレーの連続は、競技の勝敗や細かいルールとは別次元のところで私たちを楽しませてくれます。そして、選手達の素晴らしいプレーを楽しんでいるうちに、自然とルールが分かってくるし、また知ろうとする意欲も高まってきたり。ルールが分かれば選手のプレーが更に面白く見えてもきます。

歌舞伎の舞台も同じです。

歌舞伎の約束事は、いわばスポーツでの競技ルール。自分がプレーするならルールは熟知しているべきですが、見て楽しむだけなら決してルールを熟知している必要はないですよね。

そんなことよりも役者の顔、美しい立ち姿、衣装の素晴らしさ、舞台の豪華絢爛さ、邦楽の奏でる不思議と懐かしい旋律……身体で見て、聞いて、感じることが歌舞伎を楽しむ第一歩なのだと思います。

そうするうちに自然と「あ、これはこういう意味なんだな」といったことが分かってきて。分かってくると知りたくなる。そんな時に、はじめて入門書をひもとけば、乾いた砂が水を吸い込むように、楽しく読み進むことが出来るものです。

そこで「初心者のための歌舞伎の約束事」としてお知らせしていきます。

学術的な正確さや歴史的考察は専門書に譲ることにして、日常の娯楽として気楽に歌舞伎を楽しめることを意識して約束事のことを書いていきます。 解説書から得られる「知識」とは一味ちがう、楽しみ方のヒントとしてお読みいただければ幸いです。
 

歌舞伎の仁(ニン)とは

ニン。漢字では「仁」と書かれていることが多いようです。意味は、役柄に相応しい「雰囲気、らしさ」ということになるのですが、これでは何となくイメージが掴みにくいですね。そこで、もっと身近なケースで考えてみましょう。
にっきだんじょう(にんはじつあくにぶんるい)

仁(ニン)は、誰もが直感的に納得できる「雰囲気、らしさ」を意味します。

「二枚目」という言葉を聞いてハンサムな男性を思い浮かべる人は多いと思います。 しかし「異性にモテる人」というのが必ずしもハンサムばかりではないことも、私たちは知っています。顔立ちはごく普通の人なのに、誰をも納得させてしまう「モテる雰囲気」を身にまとっている人。心当たりがありませんか?

この、誰もが直感的に納得できる「雰囲気、らしさ」こそが、「仁」なのです。言葉としては既に日常語ではありませんが、私たちが日常的に味わっている感覚という点で、決して古い概念ではないようです。

当然、歌舞伎の舞台においても「二枚目」を演じる上でハンサムである必要は、絶対条件ではありません。なぜなら「二枚目」という役柄は「ハンサム」であることを要求しているのではなくて「女にモテそう」という感覚を要求しているからです。
 

仁(ニン)がわかると歌舞伎はもっと面白い

この「仁」は、役者によって異なっていて、役柄に応じて多岐にわたっています。「仁」は、それぞれの役者が舞台の上に築き上げてきた、「芸の骨格」だと言い換えてもいいでしょう。

歌舞伎では、この「仁」を非常に大切にしていて、その感覚を知ることが舞台をより楽しむための鍵にもなっています。

なぜなら、元来歌舞伎の脚本というのは殆どの場合、役者の「仁」を前提に、(初演の際に誰が演じるかを前提に)書かれる「当て書き」という手法がとられているためです。当然、その脚本が最も生きるのは、想定されたそれぞれの役者の「仁」と役が一致したときだというのは、容易に想像できますよね。

現代ではそこまで「仁」にたいする厳密さはなくなってきていますが(誰でもいろんな役をやる)、やはり「仁」と役柄がピタリと合ったときの芝居の面白さは無類です。同じ芝居が全然異なる色を見せてくれることがあるのは、そのためでしょう。

ただし、「仁」にないと言われる役にあえて挑戦した結果、思わぬ効果が生み出されることもあります。とはいえ、それはやはり「思わぬ」ものであって、まずは仁を大切にすべきもの、という考えは今後も大切にされていくと思われます。

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