サルバドールの歴史 3. ブラジル独立
サルバドール随一の観光地、ジェズス広場にそびえるオルデン・テルセイラ・ジ・サン・ドミンゴス教会。周囲には屋台が出て、カポエイラやカンドンブレ等の演奏もしばしば行われる
サルバドールは人口約300万を誇るブラジル第3の都市に成長した
1821年、王家はポルトガル王太子ドン・ペドロを摂政として残してリスボンに帰還。翌年、ドン・ペドロは独立運動派に推され、皇帝ペドロ1世として独立を宣言し、ブラジル帝国が誕生する。
1888年に奴隷制が廃止されると、自由を得た人々の間でさらに混血が進み、文化も多彩に融合・発展していく。現在も約300万の人口の半分が混血で、3分の1が黒人だ。黒人系と300を超えるといわれる教会の多さから、サルバドールは「黒いローマ」という異名を持つ。
奴隷時代、人々は苦難の中でも種々の文化を融合・発展させてすばらしい音楽やダンス・料理・建築物を生み出した。それは負の遺産であると同時に、彼らの誇りでもある。
サルバドールの見所
サルバドールの民族衣装を着た女性たち。世界的には「サルバドール」といわれるが、ブラジルでは「バイア(ポルトガル語で港の意味)」と呼ばれることが多い
官公庁や大聖堂、教会など、主だった建物は防衛上の理由から崖の上、シダーデ・アルタに建てられた。街並みはヨーロッパ建築を簡素化したパステル色がかわいらしいコロニアル建築が中心で、教会や大聖堂ではゴシック・ロココ・ルネサンス・イスラム・マヌエルなどの建築様式が混じり合った多彩なデザインが確認できる。
サルバドールの主な建築物を紹介しよう。
■サルバドール大聖堂
サルバドールにはじめて置かれたカテドラルで、ここがポルトガル領ブラジルの精神的支柱となった。1552年の建設で、ルネサンスの影響を強く受けており、のちのブラジル教会群に大きな影響を与えた。
■サン・フランシスコ教会
サン・フランシスコ教会、黄金のチャペル
■ボンフィン教会
通称、奇跡の教会。願い事が叶うということで有名なシダーデ・バイシャの教会で、天井から吊された手足や内臓の模型は、信者が病気から回復したことを感謝して贈った奇跡の証だ。また、フィタと呼ばれるミサンガのようなリボンには願いを叶える力があると伝えられている。
■バジリカ大聖堂
ジェズス広場に立っており、バロック式のファサード(正面)が美しい17世紀完成のカテドラル。黄金で造られたカテドラ(司教座)や黄金のチャペルなど内装も豪華で、サルバドールでもっとも愛されている教会堂のひとつとなっている。
■ロザリオ・ドス・プレートス教会
パステルカラーが美しいサルバドールのランドマーク的な教会で、黒人の寄付をもとに、黒人職人が黒人キリスト教徒のために制作した。この教会をはじめ、ペロウリーニョ広場にはコロニアル式の家々が立ち並んでおり、歴史地区の典型的な街並みとなっている。
■バーハ要塞
トドス・オス・サントス湾を守る要塞。1598年の建設で、19世紀に据え付けられた灯台は現在も使用されている。サルバドールの街並みを一望できるほか、内部はサルバドール海洋博物館として公開されている。
■ラセルダ・エレベーター、メルカド・モデロ
シダーデ・アルタとシダーデ・バイシャをつなぐエレベーター。1920年の竣工で、高さ72mを誇る。シダーデ・バイシャ側出口近くに立つメルカド・モデロには多数の民芸品店や食堂があり、しばしばカポエイラなどの公演が行われているほか、奴隷収容施設も残されている。
■リオ・ブランコ宮殿
もともとは16世紀、サルバドールを切り拓いたトメ・デ・ソウザが建設した建物で、官庁や宮殿として使用されていた。現在の建物は17世紀に再建されたもので、博物館として公開されている。近くにある市議会もトメ・デ・ソウザによるものだ。