世界遺産/アジアの世界遺産

コルディリェーラの棚田群/フィリピン(3ページ目)

コルディリェーラ山地に広がる棚田群はその美しさから「天国への階段」と讃えられ、棚田が生産する豊かな実りは人々を2,000年にわたって養い続けてきた。今回はイフガオ族が誇る文化的景観であり、アジア有数の産業遺産でもある世界遺産「フィリピン・コルディリェーラの棚田群」を紹介する。

長谷川 大

執筆者:長谷川 大

世界遺産ガイド

自然と人間の共同作品として

青々とした稲が美しいバタッドの棚田群

青々とした稲が美しいバタッドの棚田群。棚田の色は、水が入った頃はみずみずしく、稲が育つと青々と、収穫の時期は黄金色、稲刈りが終わると土色に変化する

イフガオ族の食糧庫

タムアン村で見かけたイフガオ族の食糧庫。下にある臼で脱穀する

バナウェ周辺ではまだあちらこちらで見られる棚田群だが、コルディリェーラ山地の多くの棚田が失われてしまった。「造るのはたいへんだが失うのは一瞬だ」。バナウェ生まれのガイドはそう話してくれた。

彼の話では、近年バナウェの上流域で森林が伐採されたことがあったらしい。森がなくなると同時に山の保水力が失われ、鉄砲水が棚田を破壊してしまったのだという。

また、農薬を使うようになったある棚田では水田の生態系が破壊されたために化学肥料が必要となり、化学肥料を使うことでさらに田は枯れて、収穫量が激減したという。

 

食糧庫の下部

食糧庫の下の様子。ネズミ返しがよく見える。奥にあるのが炊事用の釜で、手前がニワトリ籠

イフガオ族の先祖はそれを知っていた。たとえば棚田群の上には必ずムヨシという私有林地帯が設けられている。これが山の保水力を維持するのと同時に、生活に役立つ樹木を植えて上手に活用していた。

田畑や林は自然の景観だと思われがちだが、それは違う。田も畑はもちろん、植林した森林は自然の原生林とはまったく異なる種類のものだ。でも、原生林だけが持続可能であるわけではない。

コルディリェーラの棚田群は自然と人間が絶妙なバランスを保っており、おかげで数百世代にわたって棚田を引き継ぐことができた。まさに自然と人間との共同作品=文化的景観なのだ。

 

危機遺産リストへの記載とイフガオ族の課題

山を駆け上がるバタッドの棚田群

山を駆け上がるバタッドの棚田群。左の白いラインは土砂崩れ。田植えが終わったあとは比較的手が空くが、棚田のメンテナンスは欠かせない

干された稲穂

天日干しされている稲穂

しかし、近年の急速な近代化で棚田の保全はかなり危うくなっているようだ。

たとえばバタッド村には中学校がないため、子供たちは小学校を卒業するとバナウェで暮らすようになる。文明に触れ、近代的な教育を受けた子供たちが電気もガスも水道もない生活に戻るのは困難で、ラガウェやバギオ、マニラをはじめとする都市へ出て行く子供も少なくないのだという。

農業は重労働の割にお金にならず、農家に現金収入がないことも問題になっている。教育や医療のために現金が必要になり、男が出稼ぎに出たり、棚田を売って村を離れる農家も少なくない。売られた棚田に近代的な家が建築されて、水路が破壊されたり文化的景観が損なわれることもある。

こうして農家の後継者が減ると広大な棚田の維持が難しくなる。棚田は他の棚田とつながることで水路としても機能しているので、一部の棚田の崩壊が全体の機能不全をもたらしてしまうのだ。

 

バナウェの棚田群

バナウェの棚田群。水をたたえた水田が美しい

「フィリピン・コルディリェーラの棚田群」は1995年に世界遺産登録されたが、これらの問題から2001年に危機遺産リストに登録された。その後、国内外の支援を受けて伝統技法による棚田の保全が進められ、子供たちへの伝統教育が浸透するなど一定の成果が出たことで、2012年に危機遺産リストから削除された。

そうはいっても後継者問題や農村と都市部の経済格差の広がりをはじめ、棚田を巡る問題はいまだ数多いという。この世界遺産がいつまで維持されるのか、イフガオ族にとって棚田の維持になんの意味があるのか、いまも問い続けられている。

 
  • 前のページへ
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 次のページへ

あわせて読みたい

あなたにオススメ

    表示について

    カテゴリー一覧

    All Aboutサービス・メディア

    All About公式SNS
    日々の生活や仕事を楽しむための情報を毎日お届けします。
    公式SNS一覧
    © All About, Inc. All rights reserved. 掲載の記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます