映画『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』
最後に、「3.11」「死」というテーマに関連して、『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』という映画のレビューをお届けしたいと思います。大勢の人たちが亡くなり、大きな精神的ショックを与えたという意味で、3.11に似ている(よく引き合いに出される)9.11。アメリカでは9.11をめぐるたくさんの映画が作られてきましたが、現在『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』という作品が上映されています。父親を9.11で亡くしたある男の子の、喪失から再生に至るまでの物語で、3.11を経験した日本人にとっては他人事ではない、そして、いろんな意味で心に響く、深い癒しが得られる作品でしたので、ここでオススメしたいと思います。
監督は『リトル・ダンサー』『めぐりあう時間たち』『愛を読む人』(デビュー以来3作連続アカデミー賞ノミネート)のスティーブン・ダルドリー。ペドロ・アルモドバルやフランソワ・オゾンと同様、ゲイの映画監督だからということだけでなく「この監督が撮った映画なら間違いない。絶対、観に行きたい」と思わせる監督です。3人ともゲイだからこそのテイスト、マイノリティへの共感、人間への限りなく繊細で深いまなざしを感じさせます。
スティーブン・ダルドリーの作品に共通するのは「絶望してはいけない」「人生には意味がある」「どんな人でも生きる権利がある」というメッセージです。今回の『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』は、『愛を読む人』と同様、ある意味、罪悪感を抱えながら生きている主人公の、とてもつらい人生の秘密を語るものですが、それを語ることで赦しが得られる(観ているほうも癒される)というものです。同時に、そんな主人公を抱きしめ、愛する人の存在が描かれ、そのことに涙させられるのです。そんな作品を作れるのはダルドリーがゲイであることと決して無関係ではないと、僕は思います。
多感な時期に、ほぼ唯一の理解者だった父親を、9.11で亡くす(原爆などと同様、何者かに「死ねばいい」と思われ、亡くなったのです)という計り知れない衝撃を受けた少年・オスカーは、精神的危機に陥ります。しかし、オスカーは、ふと「父親からのメッセージ」を受取り、見知らぬ人を訪ねて回るという、ふつうの人にもなかなかできない冒険を敢行します。そのひたむきさ、愛ゆえの勇気に、あらゆる人々が共感し、オスカーを抱きしめ、力を貸します。
アスペルガーの疑いがあるというオスカーは、正直、人に悪態をついたり、とてもいやなところもある子どもでした。でも、どんな危険が待ち受けているかもわからない都会の砂漠を駆け回り、鍵穴を探すという冒険の中で、確実にオスカーは成長したし、人々を幸せにもしました。それでも拭えなかった深い深い傷(本当に痛々しい)…それを最後に癒したのは…(ぜひ映画館で観てください。きっと泣けます)
オスカーはいろんなマイノリティの人たちにも会いました。黒人の人、とても太っている人、ゲイの人、右翼みたいな人、実にさまざまです(アメリカの縮図のようです)。オスカーの心の旅は、彼だけじゃない、9.11で愛する人を喪った(あるいは、世界中にいる、戦争や災厄で愛する人を喪った)人たちの悲しみや弔いの気持ちにシンクロします。もちろん、3.11でこのうえない喪失感を覚えた僕らも同じです。そこにこの映画の普遍性、感動があると思います。
キャストも素晴らしいです。理想的なパパを演じたのは『フィラデルフィア』のトム・ハンクス。ママを演じたのは『しあわせの隠れ場所』のサンドラ・ブロック。そして後半、とても重要な場面で登場するブラックさんを演じたのは『エンジェルス・イン・アメリカ』でゲイの看護師を演じたジェフリー・ライトでした。
今の時期にとてもふさわしい映画です。彼氏さんやお友達、あるいはご家族の方などといっしょにぜひ、ご覧ください。
『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』
2011年/アメリカ/配給:ワーナー・ブラザース/監督:スティーヴン・ダルドリー/出演:トム・ハンクス、サンドラ・ブロック、トーマス・ホーン、マックス・フォン・シドー、ビオラ・デイビス、ジョン・グッドマン、ジェフリー・ライト、ゾーイ・コールドウェル他