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記事例:「なんで結婚しないの?」に答え続けるのにもう疲れました
「キスマラソン」で優勝したタイのゲイカップル

「キスマラソン」で優勝したタイのゲイカップル

今年は本当に雪が降りますね。そして本当に寒いです(人肌が恋しくなりますね)。世界各地で記録的な寒波に見舞われているというこの冬、風邪などひかないように気をつけながら、楽しく有意義に乗り切りましょう。

先週はバレンタインでした。タイで開催された「キスマラソン」でゲイカップルが優勝してギネス更新!というニュースもTVで流れたようです。でも今年はやはり、何と言ってもホイットニー・ヒューストンが亡くなったというニュースにショックを受けた方が多かったはず。今後、ゲイシーンでも追悼のイベントが催される模様です(ゴトウもホイットニー大好きでしたし、これまでゲイナイトのいろんな名場面でホイットニーの曲が使われていたことをいろいろ思い出しました)



ショックを受けたと言えば、バレンタインデーの夜にも暗澹たる気持ちになるような事件がありました(また機を改めて、書きたいと思います)。それから最近、南アフリカでレズビアンの方たちが「俺が治してやる」と男性にレイプされる痛ましい事件が多発し、中には命を奪われた方もいる(南アフリカは同性婚も認められているというのに…)というニュースにも胸が痛みました。南米のエクアドルでは、親が同性愛の子どもを「治療」の施設に入れ、子どもたちが虐待を受けていることが問題になっています。無知と無理解(非寛容)に基づく悲劇であり、人道的に許されないことです。

翻って、日本はどうでしょうか? 表立って同性愛者を叩く人は(都知事をのぞいて)ほとんどいない、暴力に遭うこともほとんどない(2000年の新木場事件に代表されるようなゲイバッシングは度々起こっていますが、道を歩いていて殺されることはまずありません)、世界的に見ても最も安全な国の一つと言えるでしょう。しかし、だからと言って「同性愛者に対する理解が進んでいる」かというと……ちょっとそこまでは言いづらいものがあるのもまた事実です。メディアなどを見ていると、まだ同性愛者は「好き者」だとか「変態」「趣味嗜好」だと思われている向きもありますし、巷ではさまざまな誤解やフシギな俗説が飛び交っているようです。

先に挙げた南アフリカやエクアドルのニュースは「矯正」とか「治療」という名目で人権侵害が横行していることを示していました。同性愛は生まれつきのものであり、病気でもない(したがって「治療」も必要ないし、そもそもできない)、むしろ、病気であり治療が必要なのは社会の同性愛嫌悪の方であるという認識が世界標準になっています(国連でもそのように決議されました)

僕らは、タイミングには個人差がありますが(40代とか50代になって気づく方もいます)、おおむね思春期の頃には同性に惹かれ、恋をして(異性愛の子どもたちと同じです)、やがて自分は同性愛者だと自覚するようになります。恋をするのに理由はないし、まして、どうして同性に惹かれるように生まれついたのかなんて皆目わかりません(異性愛の子どもたちと同じです)。わからないけど、「恋愛は男女でするもの」という規範を刷り込まれているため、みんなと違うことを悩み、心理学などの本を読んだりしてみたりするのです…結局、答えは得られないのですが。

僕らにとっては「原因」なんて大した問題ではありません。ただ、好きな人と結ばれたい、幸せに暮らしたい、そして、家族や友達に認めてほしいと願うだけです(異性愛のみなさんと同じです)。でも、世間の人たち(マスコミだったり、親だったり)の中には、なぜ「同性愛に走る」のかと問う人が少なくありません。その問いの底には「同性愛を治療できる方法は無いものか」という考えが潜んでいたりするのです(僕の友達で、実際に精神科に連れて行かれ、取り返しのつかない心の傷を負った人もいます…無理解と同性愛嫌悪が、一人の有能な若者の未来を奪いました)

一方で、「母体ストレス説」のようにもっともらしく見えて真実ではない話や、家庭内で父親の力が弱いとゲイになるなどの「トンデモ」な話が未だに飛び交っているのも事実です。息子がゲイだとわかったときに、親御さんがそうした話に惑わされて胸を痛めたりすることのないよう、ここら辺で一度、同性愛者になる「原因」はどこまで解明されているのか? 科学的にどうなのか?といった辺りのお話を(主に一般の方向けに)お伝えした方がよいのではないかと思いました。

一日も早く、学校で「何も間違ってないんだよ。そのままでいいんだよ」と教えてくれるような時代が来ることを祈りつつ(一部、セクシュアルマイノリティについての講演会を開くなどの動きを始めた自治体もあります。佐賀とか神奈川とか)、今回は「人はどうして同性愛者に生まれるのか」についてお届けしてみたいと思います。

決定版的名著『クィア・サイエンス』

クィア・サイエンス

『クィア・サイエンス―同性愛をめぐる科学言説の変遷』サイモン ルベイ:著/伏見憲明:監修/玉野真路・岡田太郎:訳/勁草書房/4725円

サイモン・ルベイという科学者が書き、伏見憲明さんが監修し、玉野真路さん&岡田太郎さんが翻訳した『クィア・サイエンス』(2002、勁草書房)は、学術書然とした分厚い(決してお安くはない)本ではありますが、意外にわかりやすく(翻訳も素晴らしく読みやすいです)、同性愛者に寄り添う立場で書かれた信頼できる本す。世の有象無象の俗説やトンデモ本に惑わされるくらいなら、ぜひこれを手元に置いて読んでほしいと思います(拾い読みでもOKです)。ゴトウが心からオススメする名著です。

19世紀から20世紀にかけて登場した性的指向(セクシュアリティ、セクシュアル・オリエンテーション)をめぐる科学的言説は、しばしば同性愛者に「治療」という名の暴力を振るってきました。有名なところでは、コンピュータの父と言われる天才アラン・チューリングが同性愛者であることがわかり、治療の名目で(当時、性欲を抑えると考えられていた)女性ホルモンを投与され(副作用として胸がふくらんできたそうです)、数年後に自殺したという悲劇がありました。今年はチューリング生誕100周年。故人を偲び、追悼のイベントなども行われることと思います。

サイモン・ルベイという科学者は、同性愛者を「治療」するためではなく、生きる権利を守るために、性的指向に関するあらゆる学説や研究を検証し、『クィア・サイエンス』という本にまとめました。遺伝子、ホルモン、ストレス、脳、認知心理学、行動学的心理学、精神分析など、性的指向を扱う科学理論を網羅的に取り上げ、その限界と意義が検証されています。

それではさっそく、「なぜ人はゲイになるのか」について科学が明らかにしたところをお伝えしていきましょう。


まず、これは、サイモン・ルベイ自身が1991年に発表し、大きな話題となったことですが、ゲイ男性の脳の一部(INAH3)がストレート男性と大きさが異なっているという事実が確認されました(その後、別の科学者もこれを再検証し、同じ結果を得ました)。このこと自体が男性の性的指向の原因であるとは断定できませんが、少なくとも同性愛は生まれつきであると証明する有力なエビデンスであると言えます。

それから、少なくともゲイ男性では遺伝子が影響していることが非常に強力に証拠立てられています(X染色体のだいたいこの辺り、といったところまで見当がついています)。しかし同時に、遺伝子ですべてを説明できないということもはっきりしています(その後、遺伝子の影響に関する議論はますます紛糾しているそうです)

非遺伝性の要因すなわち生後の環境要因(胎内でのストレス、養育に関する親の態度、幼少期の条件付けのパターン、幼少的の性的体験など)については、はっきりとはわかっていません。現時点で何も関与していないとも言えません。
ただし、母親の胎内にいるときに激しいストレスがかかると同性愛の子どもが生まれやすいという有名な「母体ストレス説」は誤りであるということがわかっています(しかし、生まれる前の内分泌学的な出来事が性的指向に影響を与えうるという一般的な仮説はまだ生きています。その後、ホルモンについての研究は進んでいません)。また、心理学的な要因(親の育て方の影響)については、きっぱり否定されています(男らしくしろと矯正された子も、女の子っぽくてもいいよと育てられた子も、共に同様にゲイになることが実証されています)

といったことをまとめてものすごくおおざっぱに言うと、性的指向を決定づけるこれだという明確な要因はまだ解明されてはいません(つまり、わからないのです)。が、脳の一部が異なっていること、遺伝が関係しているらしいことなどから、基本的には生まれつきのものだろうということは言えます。ただし、環境要因(後天的な要因)が全く関係しないということも証明されてはいません。
ルベイは「すべてのゲイは同性愛に関して何らかの遺伝的素因を持っており、それが他のさまざまな因子と組み合わされて実際に発現するのかもしれない」と述べています。

サイモン・ルベイ

サイモン・ルベイ。真に信頼できる科学者です

訳者の玉野さんもあとがきで書いていますが、ルベイはあくまでも科学者としての態度を崩さず、一つ一つの事象を丁寧に検証しており、時にはゲイにとって「守護神」とまで言われるような学説にさえも批判を加えています(そのことがこの本の信頼性をより高めています)。一方で彼は、同性愛者を「病理学的」に扱ったり「治療」を受けさせることを厳しく批判し、同性愛者も異性愛者と同じように生きる権利を持っているという見方を貫いています。

ルベイは「同性愛嫌悪を持つ人々は、同性愛をアイデンティティの問題(自分は何者か)ではなく、行動の問題として切り離したがる。行動であれば『そんな行動はやめなさい』と言えるからだ」と指摘しています。そして「同性愛者たちがそれをアイデンティティの問題だと主張できるようになるために、生物学は大いに貢献できる」とも。つまり、色事が好きすぎて「その道に走った」のではなく、生まれつきであり、尊重されるべき生き方なのだということに科学者として「YES」を言ってくれたのです。

最後に、ルベイの熱い思いが伝わるような部分(最終章「結論」の締めの言葉)をご紹介したいと思います。
「生物学に言えることは次のことだ。理性において、道徳において、あるいは感情だけでも同性愛が劣っているという根拠があると信じるなら、またあなたの価値体系において異性愛より下に位置するとする根拠があると信じるならそうすればいい。しかし、ある人が同性愛者であることがその人のそれ以外の部分から切り離せたり、精神の片隅に追いやり、閉じこめられたまま忘れたり、医療、法律、宗教によりきれいに切り落としたりできると考える愚を犯してはならない。同性愛という指向は彼らの存在全体になくてはならない性質だということ、彼らの同性愛に対する攻撃は、単に行動、権利、自尊心だけに対する攻撃なのではなく、まさに彼らの人間性そのものに対する攻撃なのだということ。そういったゲイの人々なら知っている同性愛者自身のことを、生物学は裏打ちしてくれるのだ」

>>後編では、「選択的同性愛」や「自然界の同性愛」についてお伝えします。
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次のページは、連載コラム「第67回 恥の多い生涯」です。