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記事例:「なんで結婚しないの?」に答え続けるのにもう疲れました
もうすぐ2月も終わり…早いものですね(今年は29日あったおかげで締切にギリギリ間に合いました。ビバ、うるう年!)

ゴトウは芝居とかミュージカルとかバレエとかが大好きで(そういえば、最初に入った会社の同期の女子たちと『くるみ割り人形』を観に行ったこともあったっけ…)、先日、今をときめくゲイの振付師、シディ・ラルビ・シェルカウイの『テヅカ TeZukA』という舞台(ダンス公演)を観に行きました。震災や原発事故に遭った日本へのエールの気持ちも表現され、胸が熱くなるのを覚えました。
もともと手塚ファンだったこともあり、たとえば『ブッダ』だったり『火の鳥』だったり、作品ごとに次々に投射されるメッセージに激しく同感したり、ハッとさせられたりしていたのですが、その中に、『MW(ムウ)』という作品もありました。

『テヅカ TeZukA』

本当に素晴らしかった『テヅカ TeZukA』の舞台の1シーン。『MW』が取り上げられたことにも拍手!

主人公の結城美知夫は子どもの頃、たまたま小さな島で某外国軍の秘密化学兵器「MW(ムウ)」が漏れるという事故現場に居合わせ、地獄を見ます。心身を蝕まれ、復讐のためにさまざまな罪を犯しながらMWを手に入れようとする美知夫は、両性具有的な悪徳の天才で、同じように島に居合わせ、生き残った者どうしである巌(彼は対照的に神父になります)と肉体関係を持ちます。
正直、この美知夫と巌の男同士の性交渉には「これはリアルなゲイじゃない」という違和感が拭えず、僕にとって『MW(ムウ)』は手放しで好きにはなれない作品でした。しかし、『テヅカ TeZukA』の舞台で「どこまでが子どもの頃に経験した地獄のせいで、どこまでが自分自身のせいなのか?」と問いかけられたとき、何かが電流のように体を瞬時に走り抜けたような気がしました。確かに人は、生まれつきの要素(民族とか、性別とか)や、子どもの頃に受けた教育とかさまざまな環境によって、かなりの部分が決められますが、だからといって、大人になって、自分のした行動の責任を逃れられるかというと、決してそうではない…そういうふうに生まれ、育ってしまった自分を引き受けるしかないということ。と同時に、何かのきっかけで同性どうしで愛し合うようになることだってあるかもしれない、それはそれでいいじゃないか、という思いも頭を過りました。ステージ上で繰り広げられるブリーフ姿の男性(美知夫)と神父の格好をした男性(巌)の甘美で艶かしいダンスに魅了されながら、二人の関係を初めて祝福できるような気持ちになっていました。

さて、前回は、ゲイは生まれつきである(環境的な要因もなくはないが、生まれつきの要素が大きい)ということをお伝えしましたが、今回はちょっと違うお話もご紹介したいと思います。