実際にマラソン大会を作ってみた

川越市役所前に集合。川越城を造った太田道灌公の銅像が見守る

川越市役所前に集合。川越城を造った太田道灌公の銅像が見守る

今回は、筆者も呼びかけ人となって開催した一つのミニマラソン大会を例に、自分たち好みの大会を作った実例をご報告しようと思います。
実際にやってみて、さまざまな困難に直面しました。でもその困難を仲間と乗り越えることも喜びでした。一つ一つの課題を解決したり、あわてたり…。大変でしたが、終えてみてのスタッフの感想は、全員「やってよかった!またやろう!」
では、私たちが主催実施した「小江戸川越ファンランの集い」を例に、読者の皆さまに「マラソン大会作り」をご案内します。

「川越にマラソン大会を」の思いから

この原案が口にのぼったのは5年ほど前にさかのぼります。
川越市は埼玉県のほぼ中央、山手線池袋駅から急行で30分ほど、人口34万人の中堅都市です。戦災を受けなかったために、旧市街には江戸時代、明治時代からの蔵造りの街並みが残り、首都圏の手軽な観光地としての人気も得ています。
埼玉県はフルマラソン大会がない数少ない都道府県のうちのひとつなのですが、川越市はこれに輪をかけて大会が少なく、最も長い距離のロードレースが距離5kmの「川越市民ロードレース」という市内在住・在勤・在学者を対象とした大会だけ。これをなげいて、市民ランナーの間では「なんとか川越でマラソン大会の開催を」という声がありました。

唐突に「小江戸川越マラソン」実施の発表

小江戸川越マラソンでもハイライトとなる蔵造りの街並みでガイドが説明

小江戸川越マラソンでもハイライトとなる蔵造りの街並みでガイドが説明

しかし、なかなか仲間うちでつぶやいているだけでは大会は実現しそうにない。小規模でもいいから自分たちで大会を始めて、徐々に大きくし本格的な大会実現へのムードを醸成しようという話をしていました。
その大会の内容については、当初からロードレースは道路の使用許可の問題から実現が困難だろうということで、ファンラン形式でやろうという認識でいました。やろうと思えばいつでもできるだろうと軽く考えていましたが、私事に追われてなかなか手をつけずにいたところ、今年(2010年)春に突然、この秋ハーフマラソン大会「小江戸川越マラソン」(以下「本大会」)が開催されるとの発表がありました。
これは、川越市商工会議所が創立110年事業としてマラソン大会の開催企画に乗り気になったこと、マラソン大会実施に積極的な市長が市長選で当選したこと、東京マラソンの成功に押され警察も道路使用許可を与える方向に姿勢が変化したことが主な理由だったようです。

せっかくの大会実現、「成功」を

私としては、上から降りてきた大会は上の都合で簡単に中止されてしまう例を見てきているので、なんとか自分たちの手で下から手作りし徐々に大きくするのが理想と考えていたのですが、行政や企業経営者がやろうといっているこの機会を大いに利用しない手はありません。
問題は、第一回はいいとして、それを持続することです。今あちこちで大会が生まれていますが、バブル崩壊後実に多くの大会が幕を閉じています。せっかく生まれる「小江戸川越マラソン」を継続するには、「成功」させなければなりません。

マラソン大会の「成功」とは?

ところで、マラソン大会にとって「成功」とはどんなことでしょうか。
予定通り参加者が集まり、無事大会を終えて参加者が満足して帰途につくことでしょうか。
私の考える大会の成功とは、参加者とスタッフと域内・沿道の市民・経営者がみな「ああ、いい大会だった」と満足する大会だと思っています。これは、東京マラソンのボランティアなども体験し、あちこちの大会に参加して実感したことです。

負担が大きければ還元も大きくなければ

大きい大会になればなるほど、ボランティアスタッフの負担は大きくなります。自治体の負担も大きくなります。スポンサーの負担も大きくなりますし、何より沿道やコース域の方々におかけする迷惑も大きくなります。
負担が大きくなればなるほど、還元するものも大きくなければなりません。参加者には満足を、ボランティアスタッフや応援の方には感動を、経済的負担をお願いした組織にはPR効果や営業上の利益を。これがなければ長続きしないでしょう。