とにかく映像が美しい。どのカットを取っても宣伝用のスチール写真に使えます。まるでファッション広告を見ているようです。
しかし、単なるお耽美な映画ではぜんぜんありません。ヘタなポルノ映画よりぜんぜんエロティック。ヘタなドラマよりぜんぜんドラマティック。そしてヘタな文芸映画よりぜんぜん深いです。
随所に、ふんだんにゲイテイストが(あるいはゲイにしかわからない記号が)盛り込まれ、「これはあなたのためのサービスですよ」とアピールされているような快感があります。
まるで高級なレストランで本当に美味しいものを食べたときのような幸福感。これで明日からまた元気に生きていける(映画のテーマでもあります)、そう思えます。
この映画は、ファッションの文脈からも、「ミドルエイジクライシス」(中年男性の危機)といった視点からも、様々に評されています。それだけいろんな見方ができるということです。が、ここでは、パートナーの死という突然の不幸に絶望し、死を覚悟した中年男性が、若くて美しい青年との恋によって再び人生を生き直す希望を見出すという物語について、お伝えしたいと思います。
ネット上でもずいぶん解説がなされていて、どんな物語なのかというのはすでに出回っていますし、原作ありきの映画ですから、ストーリーは折込み済みだと思います。ラストシーン(賛否あるようです)には触れず、ある程度のところまで(1/3くらい)ご紹介します。
トム・フォードが見事に映像化した『シングルマン』は、1964年に発表され、物議を醸したクリストファー・イシャーウッドの小説『シングルマン(A Single Man)』が下敷きになっています。クリストファー・イシャーウッドはあの不朽の名作『キャバレー』を書いた小説家で、彼自身ゲイで、30歳も年下の恋人とつきあっていました。『シングルマン(A Single Man)』にはそんな彼の自伝的要素も反映されているはずです。
『美しい部屋は空っぽ』などの作品で有名なゲイ小説家、エドマンド・ホワイトは、この小説を「アメリカのゲイ解放運動における最初の、そして最高の小説の1つだ」と讃えています。