病気はつらいですが、周りの人は優しくなります
そんな寂しい時、例えば職場の同僚が、怪我でギブスをはめて来たとします。周りの人が気を遣い、やさしくされている同僚を見て、「私も病気になったら、みんなからやさしくしてもらえるかな……」とふと思ってしまうことは、誰にでもあることで、異常なことではありません。
しかしもしも、人からやさしく扱ってもらいたいがために、病気のフリをせずにはいられなくなったら……。それは心の病気かもしれません。今回は、心の病気に近い「仮病」について、お話したいと思います。
虚偽性障害とは……病人として扱われるための仮病
人に構ってもらいたくて、病気の症状をちょっとだけ大げさに言ってしまうのは、まだ正常の範囲とい得るでしょう。病的なケースの例を挙げましょう。息子夫婦と暮らす、糖尿病の持病を持つ女性についてです。彼女は「息子は嫁のことばかり構っていて、私をないがしろにしている」と被害妄想的になっています。毎朝、尿糖を試験紙で調べた後、必ず息子に「色が変わっている。尿糖が出てしまっている」と言います。息子が見ると、色はそれほど変わっているように見えません。しかし母親にそう伝えても、母親は決してそれを認めようとしません。また、ある時はインスリンの摂り過ぎで低血糖発作が起き、救急車で運ばれてしまいました。それ以後、しばしば同じことが起きるようになり、息子の嫁は、義母が故意にしているのではないかと疑いを持ち始めます。
このようなケースで、もしも母親が息子からやさしく扱ってもらいたいがために、故意にインスリンを過剰摂取して低血糖発作を起こしていたとしたら、彼女は心の病気に近い状態です。人からやさしく、大切に扱ってもらいたいがために、仮病をせずにはいられなくなる状態を、精神医学的には「虚偽性障害」と言います。
虚偽性障害の特徴・症状
虚偽性障害の一番の特徴は仮病ですが、その目的は、病人として扱ってもらうこと自体にあり、「詐病」のように、金銭的な利益を得る、刑罰が軽くしようとする、といったはっきりした営利目的がないことが、虚偽性障害を詐病と区別するポイントになります。それで詐病の場合は、目標が達成されたら、通常病気を装うのを止めますが、虚偽性障害の場合はそうではありません。虚偽性障害の場合は、医学的な専門知識をかなり持っていることも少なくなく、場合によっては病気のフリが巧妙で、病気ではないのに病院に入院できることさえあります。うまく入院できたら、できるだけ長くいられるよう、いろいろ工夫もあるものです。例えば、体温計を何かでこすって熱があるフリをしたり、尿に異物を混入させたりと、症状を作り出すなど、次第に本人の訴える病状に、不自然さが現れてきて、仮病が露見しそうになると、病院を変え、次の病院で同じことが繰り返されるかもしれません。
虚偽性障害の原因
虚偽性障害の直接的な原因は不明ですが、幼少期におけるトラウマや家庭環境の関与が推定されています。例えば、父親が不在で、母親にもあまり愛情を注がれない状況だった場合。たまたま病気で入院したときに、周りの人が自分をやさしくしてくれることを経験すると、「病気になると愛情が得られる」と、無意識に心が覚えてしまうのかもしれません。逆に、子供時代、親から溺愛されて育ってしまうと、過剰の愛情を受けるのが当然と思っても、大人になると、周りの人は自分の事をそんなに構ってくれないので、愛情を得る為に病気のフリをしてしまう。また、医療の現場で、患者さんが周りのスタッフから大切にケアされているのを見て、自分もあのように大切にされたいと、心が学習してしまう。実際、虚偽性障害は医療関係者に、一般の頻度より多い印象があります。
虚偽性障害の頻度の正確な統計を得るのは難しいのですが、決して、稀な病気ではなく、入院患者の数%ぐらいと推定されています。虚偽性障害では、心の問題に対処する為に、心理療法を受けることが望ましいのですが、本人が要求しているのは、偽りの病気への治療であり、病気のフリをせずにはいられない、本人の心に関する治療ではありません。
この疾患に該当する患者さんは、病気を装うためには、外科的処置を伴う検査や、手術までも厭わない可能性があります。無用の手術を繰り返すあまり、寿命そのものを短くしてしまう事もあります。寂しくなり、人の愛情を求めても、仮病のような、偽りの手段では良い結果を得ることが到底無理なのは世のことわりです。やはり、他人との関係を通じて、コミュニケーション能力を高めていくことが正攻法です。
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