1年の計は、元旦にあり。年の初めは、気分も新たになります。昨年を振り返り、今年の抱負や目標を立てるにあたって、ぜひ参考にしていただきたいお話をお届けします。日頃から、私が出版業界のご意見番と仰いでいる、大勝文仁さんに、現在の活動内容や悠々自適な生活に至るまでのお話をインタビューさせていただきました。

自分の今後の10年を見据えて、今年に何をしておくか。
示唆にあふれたお話を伺ってきました!

<INDEX>
50になったら、自分のやりたい仕事を自由にやりたいと思っていた
インターネットの世界で何かできないかと考えて、有料メルマガを発行
気軽に仕事をすることと、高収入を得ること、そのバランスが大事
小さな会社を高収益集団にするノウハウを有料メルマガで公開
新しいことへの挑戦は、自分の中に高揚感を生む
企画を持って売り込みに行くと、仕事が向こうからやってきた
企画は1つのテーマで切り口を変えて10本作ること
本にすることを想定してブログやメルマガを出すといい
日々の活動に無駄を作らない、1つのネタを3つにも4つにも使う発想をする


プロフィール

大勝文仁
 
1948年東京生まれ。立教大学卒業。コピーライターを経て、1983年に出版プロデュースを主業務とする編集プロダクション、株式会社ビッグペンを設立。以来、「手にとるように経済が分かる本」「手にとるように環境問題が分かる本」「POPな哲学」など、ビジネス、経済、社会問題を中心に、年間20~30冊の単行本を制作し、ベストセラー、話題作を次々と世に送り出す。自身の著書には、「20代で幸運をつかむヒント」「ビジネス用語事典」「50代から確実に殖やす賢いお金の育て方」「ここで差がつくメモ術・手帳術」などを始めとして30冊に及ぶ。50代に入り、多忙な仕事人生に一区切りをつけて、現在は、ネット系の文筆家として著作活動をする傍ら、指南役として後進の育成に力を注いでいる。


セミリタイヤするまで

・生家の前は、東映系の映画館。朝から晩まで流行歌が流れていた。典型的な町っ子だった。
・ずっと書くことが好きだったので、大学卒業後、広告会社に入社。コピーライターとなる。
・休暇をとりたくて、30歳でフリーライターとなる。
・ライター集団を立ち上げ、そのまま会社(ビッグペン)を設立。
・編集プロダクション「ビッグペン」の社長として、辣腕を振るい、数々のベストセラーを出す。
・55歳で、念願だったセミリタイヤ生活をスタート。東京のど真ん中で、悠々自適な生活を送る。

50になったら、自分のやりたい仕事を
自由にやりたいと思っていた

ガイド:
55歳でセミリタイヤをされたのは、どういうお考えからだったんですか。

大勝氏:
本当は50歳でしたかったんですが、なんだかんだで55歳になっちゃいましたね。セミリタイヤというのは、言葉が流行っていたので、そう言ったまでです。生活のための仕事じゃなくて、自由な感じでやりたい仕事をやれたら、ということなんです。

僕は、書くことが好きで、大学を卒業して広告代理店に就職して、20代でコピーライターになったんですが、30歳の時に、あまりに忙しくてちょっと休みたいと思ったんですね。ただ、いい年した男が仕事を休む、というのも世間体が悪いと思って(笑)、フリーになりますと言って会社を辞めました。本当に休むつもりで、1年目は失業保険をもらっていましたよ。でも、2年目からは、広告だけでなく、出版社とかいろんなところから仕事がくるようになって、いわゆる会社という発想じゃなくて、ライター集団を作って、立ち上げたんです。その当時、ライター集団というのが業界の中にいくつかあったんですよ。つまり、フリーライターが集まって事務所を作り、仕事を分担するという形態です。

ライター集団を会社組織にして、2、3年やったのですが、どうも運営がうまく行かない。あとからよく考えれば当然なんですが、ライターの仕事って手間がかかる割に、ギャラが少ないわけです。
「デザインや編集もやってくれれば、もっとギャラを出せるのに」と言われて、結局、編集プロダクションにしないと、やっていけないんだということが分かったんですね。それで、いわゆる編集プロダクションというカタチにして、それ以後やってきました。けれど、僕の感覚としては、もともとはライター集団なので、会社として大きくする発想はあまりなかった。30歳でフリーになったから、区切のいいとこで50歳になったら1人になり、自分のやりたいテーマで書きたい、仕事もあくせくしない状態にしたいと、ずっとそう思っていたんです。結局、5年延びて55歳で実現したというわけです。

現在、有料メルマガを発行している大勝さん、次ページへ続きます>>