墨俣の一夜城造りがはじまる
墨俣の一夜城造りがはじまる
濁流にこぎ出すのは、さすがに秀吉も気持ちがひるみますが、「よし」と心の中で気合いを入れ、野武士たちに向かって叫びました。
「皆の衆! ここが正念場ぞ、世に出るか、このまま野武士で終わるか、分かれ目ぞ、ええか押し出すぞ!」
まずは、プロジェクトマネージャの秀吉が筏に乗り込み、濁流に身を投じました。
蜂須賀小六が叫びます。
「秀吉殿に続け! 天下に聞こえた、蜂須賀党だ、ひるむな押し出せ!」
時は永禄9年9月12日の午前2時、水量の増した、境川に部材で組んだ筏が次々に押し出されていきます。 途中で破損することもなく、正午には墨俣に着きました。 直ちに柵作りに、続いて掘り割り、そして塀を作っていきます。 塀が出来たところで、秀吉が、塀に白い紙を貼るように命じます。
「よし、お前、対岸に渡って、城壁らしく見えるかどうか確認して来い」
まもなく帰ってきた野武士が復命します。
「壁らしく見えますが、矢狭間が見えません」
「忘れておったわ。よしお前、墨で矢狭間らしく見えるように書いていけ」
ようやく外から見ると城壁のように見える塀が出来上がりました。次に楼を立て、上には旗差物を大量に押し立てます。 外からは、城らしく見えますが、中はまだ張りぼて状態で突貫工事が続いています。
「よいか、相手から城らしく見えたら、それでよいのじゃ、後はおいおい、直していけばよい」
墨俣一夜城伝説に
美濃勢が気づかぬ間に墨俣に城ができている
「いつのまに、城を! こしゃくな、かかれ!」
美濃勢は城ができてしまったという固定観念で攻めますので、結局は秀吉軍に追い払われることになります。
相手が引き上げた隙に、また突貫工事を行い、とうとう墨俣城を造りあげてしまいます。短納期で城造りを行ったため、これが一夜城伝説となり、後世に語り継がれることになりました。
優秀なITベンダーを見つける方法
ITベンダーはなかなか手の内を明かしません。無理もない話で、短納期でできるのなら、「じゃあ、価格を下げろ」という発注元が多いのが、その理由です。 では、どうすればよいのでしょうか?異業種交流会などで、同業者にITベンダーの評判などを聞いたり、IT業界の親睦会などに参加し、IT業界での評判を聞いたりと、地道な情報収集がかかせません。 いくつか、絞り込んだITベンダーに短納期でシステム開発する方策はないかと聞く手もありますが、聞く前に、それで発注額を下げることはないと相手に伝えることが大切です。
ITベンダーとはWin-Winの関係を作ることがシステム開発の一番の成功要因。ちょうど秀吉と蜂須賀党がそうであったように。
【短納期でシステム開発ができるITベンダー】
・部品の蓄積が多い
・開発プロセス(組立)ノウハウの蓄積がある
戦国武将に学ぶシステム作り
秀吉 小牧・長久手の戦い PMの大切さとは中国大返し 秀吉に本能寺の変の第一報が 徳川家康 石橋をわたるシステム作り