「現状維持」の介護から「結果を出す」介護へ
きたざわ苑では、前回の記事で紹介したように、歩行能力の改善や、前ページで紹介した下剤の廃止に取り組み、日中オムツゼロを実現しています。このオムツはずしの取り組みを振り返ると、「職員の介護力向上」と「入所者のQOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)の向上」が顕著に見られます。寝たきりのかたを立てるようにする。立てるようにしたら歩けるようにする。歩けるようにしたら歩ける距離を伸ばす。これだけでも入所者のQOLはかなり上がります。職員にとっても、「寝たきりのかたはずっと寝たきり」という思いこみを打破し、働きかけ、訓練を続けることによって寝たきりのかたも歩けるようになると実感できることは、ケアの発想を転換させる大きな経験だと思います。
ケアの発想を転換したことにより、歩けるようにする、あるいは下剤を中止する、オムツをはずすためには、どのようなケアが必要かを考え、実践するようになります。言わば、現状維持ではなく、「状態を改善する」「結果を出す」介護に取り組めるということです。
こうした「ケアの発想の転換」のライン上に下剤廃止があり、オムツはずしがあり、こうした一連の取り組みが「自立支援介護」だというわけです。きたざわ苑での報告会では、「オムツはずしは過程であり、最終的な目的は『利用者を元気にすること』だ」との話がありました。
理論に裏付けられた介護の大切さ
きたざわ苑が「利用者を元気にする」介護に積極的に取り組めたのには、いくつかの要因があります。きたざわ苑も2007年に参加した、全国老人福祉施設が主催する「介護力向上講習会」で講師を務めた竹内孝仁・国際医療福祉大学大学院教授は、きたざわ苑での「日中オムツゼロ達成報告会」での基調講演でその要因として次の3つを挙げていました。1つは、施設長に日中オムツゼロへの強い決意があったこと。
まず、トップが絶対に実現するという決意を示さなくては、職員は実現に向けて動くことはできません。加えて、きたざわ苑では職員配置を1.9:1とするなど、手厚いケア体制を実現しています。排便リズムはある程度把握できても、排尿は意思疎通できないかたの場合、やはり定時のトイレ誘導での対応になります。意思疎通できないかた全員をトイレ誘導し、失禁があった際の着替えなどを行うには、やはりある程度手厚いケア体制は必要だと思います。
次に、職員全員がオムツゼロに向けてまとまってケアに当たれたこと。
前ページで、医師の協力があったから下剤廃止に取り組めた、という看護チームの言葉を紹介しました。きたざわ苑では、介護職員だけでなく、医師、看護師、栄養士、理学療法士などのセラピストなど、各職種の職員がそれぞれの立場からオムツをはずすために何をするべきかを考え、実践できたことにより、成果を出せたと思います。
そして、オムツゼロを達成できる自立支援介護についての知識を学んでいたこと。
私自身、今回の報告会を聞き、心身の状態を改善するためには理論に裏付けられたケアが必要であることを非常に感じました。方法論を学び、実際に状態改善を達成している実例を見ることで、自分自身も取り組んでみようという気持ちになれるのだと思います。実践的な研修の大切さを改めて感じました。
この3つに加えてもう一つ、きたざわ苑では、2007年から介護保険で制度化された「在宅・入所相互利用」に積極的に取り組んできたこともあります。この「在宅・入所相互利用」とは、在宅で状態が悪化した利用者を、3ヶ月を限度として特別養護老人ホームで受け入れます。そしてプロの介護で集中的にケアして状態を改善し、再び在宅に戻ってもらうという制度です。
3ヶ月という期間限定のケアで状態を改善する、という課題に取り組むことで、きたざわ苑ではいかにして課題をクリアするかという「結果を出す」介護への姿勢ができていたのだと思います。
「終(つい)のすみか」と言われる特別養護老人ホームでは、一般に現状維持の介護になりがちです。きたざわ苑が「在宅・入所相互利用」の制度に取り組むことで、「結果を出す」介護を意識し、日中オムツゼロへの取り組みにつなげていったことは、利用者にとっても職員にとっても、非常に意義深いと感じました。
次ページでは、「日中オムツゼロ」の現実的なメリットについて考えます。