一審判決は無罪 「表現の自由」は尊重される
今回のケースでは、共用部分への無断立ち入りは「プライバシー侵害」の程度が低いと判断され、住民の平穏な生活を守ること以上に、「表現の自由」(本件ではイラク派兵への問いかけ)が尊重されるべきという立場に重きを置いたことが影響しました。
そのため、この結果を不服とした原告は控訴し、続いて二審の東京高裁へと舞台が移りました。驚いたことに控訴審では、一転、有罪判決が言い渡され、一審の結果がしりぞけられる格好となりました(2005年12月判決)。
判断の分かれ目となったのが、住民に対する被害程度を考慮し、実害を重く受け止めた点にあります。他人が管理する場所に無断で侵入し、平穏な住民生活を脅かす行為は、「政治的意見の表明」という“表現の自由”に優位して尊重かつ保障されなければならない、といった判断が高裁にはあったことによります。住居侵入罪の成立要件として、住民が被った不安や不快感の程度を斟酌(しんしゃく)することを示唆したとも取れる内容でした。被害住民にとっては喜ばしい結果となりました。
チラシ配布のための無断立ち入りは「住居侵入罪」に該当
ところが、3被告はこの結果を不服として上告し、ついに最高裁まで争いは持ち越されることとなりました。まさに、最終決戦を迎えることとなったのでした。しかし、天使の女神はやはり被害住民に微笑みました。最高裁では上告が棄却され、二審判決(10万円または20万円の罰金刑)が確定することになりました(2008年4月判決)。
以上より、結論を整理すると次のようになります。
たとえ表現の自由の行使のためとはいっても、チラシ配りを行うために防衛庁の職員およびその家族が私生活を営む集合住宅の共用部分および敷地に管理権者の意思に反して立ち入ることは、管理権者の管理権を侵害するのみならず、そこで私的生活を営む者の私生活の平穏を侵害するものと言わざるを得ない。従って、住居侵入罪に問うことは、憲法が保障する表現の自由に違反するものではない。 |
今回の一連の裁判は、チラシの内容がイラク派兵ということもあり、単純にピンクチラシの投函とは比較しにくい側面があります。しかし、最高裁は「表現そのもの(=チラシの内容)が処罰に値するかが問われているのではなく、表現の手段、すなわちチラシ配りのために無断で立ち入ったことが処罰に値するかどうかが問われている」と説明しています。「表現の自由」を尊重しつつも、「その手段が他人の権利を不当に害することは許されない」と結論付けているのです。この点は、有害チラシにも応用できると考えられます。
ピンクチラシにお困りのマンション住民の方は、まず、最高裁が“味方した”という事実を知っておきましょう。判例が存在するだけでも、管理組合の結束強化に役立つものと考えます。以上を踏まえ、次ページでは具体的なピンクチラシ撃退法(案)をご紹介したいと思います。