建物は改めていうまでもなく人間が造ったものであり、古くてもせいぜい数十年から長くて数百年でしかありません。しかし、土地は太古の昔から綿々と存在するもので、地霊・地縛霊・山霊や大地主神・土産神など、土地と霊の世界とは切っても切れない関係にあります。

また、建築現場などで人骨が出ることもありますし、建築前には地鎮祭が行なわれます。「土地に巣食う魔物」の物語も数多く、かつてバブルの頃には「土地の妖怪」などといった言葉も使われていました。

しかし、今回は怪談話ではありません。昔に廃止になった法律や制度、習慣などが現代も「亡霊のように」生き延びている例を紹介することにしましょう。


赤道(あかみち)、青道(あおみち)

「赤道」とは、明治初期の法律による「里道」などを指し、明治時代から使われた和紙の公図で赤く塗られていたことに由来します。「あかみち」「あかどう」または「赤線=あかせん」「赤地=あかち」と呼ばれることもありますが、決して「せきどう」ではありません。

赤道が記載された公図の例

昔の公図で赤く塗られていたため「赤道」といわれる


一方、「青道」は水路などのことで、やはり公図で青く塗られていたことによります。こちらは「あおみち」のほか「青地=あおち」と呼ぶ場合もあります。

里道は、車が一般的ではなかった時代に人や馬が歩くことを主な目的としていましたから、当然ながら狭い道が多くなっています。昭和25年に建築基準法が施行された際に「建築基準法上の道路」となれず、また「道路法上の道路」でもないものが数多く残されました。

その「道路」になれなかった里道が「赤道」として現在も残っているわけですが、ある資料によれば、全国にある「赤道」の総延長は145万キロメートルにも及ぶのだそうです。

「赤道」には地番がなく、所有者の登記もされていません。つまり国有地とされ、その管理は地方公共団体が行なうことになっています。

そして徐々に払い下げも行なわれているのですが、市町村における管理がきちんとできているとはいい難く、実態が曖昧なために処分できないものも存在するようです。

あるとき、東京都のA区でこんなことがありました。一見すると普通の土地だったのですが、公図を調べるとその土地の真ん中に1本の線が引かれています。区役所で確認すると「それは赤道です」とのこと。

つまり国有地を挟んでいるため「奥の土地は建築基準法の接道義務を果たしていないから建物は建てられません」ということでした。それなら払い下げを受ければ……と考えたのですが、区役所の台帳には「赤道」の幅が記載されていないのです。

確かに公図では1本線であり、区役所の担当者は「公図上でも1本の線だけだから、その幅はありません(つまりゼロ?)。でも国有地です。しかし、幅のないものを払い下げはできません」というばかりでした。

当然ながらその説明で納得できるわけはありませんでしたが、面倒になってその土地の取り扱いをやめてしまいました。その後にその土地がどうなったのか、追跡調査はしなかったので残念ながら分かりません。


告示建築線が存在する敷地

現代の法律を勉強してもどこにも出てきませんが、どっこい今も生きているのが「告示建築線」です。現代の建築基準法の前身として大正時代に制定された「市街地建築物法」による規定であり、昭和初期に告示されたものが多いでしょう。

現代でいうところの都市計画道路と位置指定道路を足して2で割ったようなものと考えれば、少しは分かりやすいかもしれません。

ちなみに当時の建築行政は内務省の管轄で、実際の建築規制には内務省の下部組織としての警察があたっていたようです。

昭和25年に「市街地建築物法」が廃止され、「告示建築線」の規定がなくなってから65年以上が経っています。

しかし、「以前に建築した人にこれに基づいて建築ラインの指導をしたから、新しく建てる人にも同じように指導しないと不公平」というわけでもないでしょうが、現在もこの規定に従って建築線の指導をしている自治体があります。

なお、法律上は建築基準法附則のみなし規定により、幅4m以上の告示建築線については「位置指定道路」と同等に扱うものとされています。

また、上記の市街地建築物法では現代の容積率に相当する規定がなく、建物の高さは住居地域で65尺(約20m)以下、それ以外では100尺(約31m)以下と定められていました。

この規定は市街地建築物法が廃止されてからも引き継がれ、昭和38年に建築基準法が改正されるまで適用されたのです。

そのため、それ以前に建築確認がされたビルやマンションでは、現在の容積率を大幅に超え、再建築時には同等のものが建てられない「既存不適格建築物」が数多く存在しています。


無地番の土地、所有者が居るのに存在しない土地

法務局には、土地の位置関係や地番を記した「公図」という図面が備えられています。現在は地籍調査、測量に基づく図面に徐々に置換えられていますが……。

この公図はもともと明治時代に作られた「一字限図」や「地押調査図」などをもとに作成され、それぞれの土地の大きさには正確性がなく、また大きな和紙に手書きされたものでした。

和紙の時代にはその図面が折り畳まれていたため、長年使用するうちに折目付近の文字が擦れて読み取れなくなってしまったり、もともとの記入ミスや、現代の半透明のシートによる図面へ転記する際に漏れを生じたりすることも少なからずあったようです。

そのため、いくつかの公図を見ていると、国有地ではなく民有地(本来は地番があるはず)なのに地番が記載されていないことがたまにあります。

また稀なケースですが、登記簿に地番があり所有者も登記されているのに、公図のどこにも存在しない土地を発見したこともあるのです。

別の資料によって正しい表示が判明する場合はまだよいとしても、正しい表示が確定できなければ、まさにその土地は幽霊となってしまうでしょう。

ちなみに、道路や純然たる国有地ではないのにもかかわらず、旧来より一度も地番を付けられたことのない土地は「脱落地(白地)」とも呼ばれ、財務省の管理となっています。

公図などに不備があった場合、不動産の売買などが行なわれれば通常はその際に発覚しますが、明治時代から一度も売買されたことのないような土地なら、誰も気付くことなく年月が過ぎていくでしょう。

そしてある日調べてみたら、自分の住んでいた土地が実は隣の敷地になっていた、などということも有り得ない話ではありません。

現在、国土交通省では全国の地籍調査を実施し、正確な地籍図を作成していますが、地方に比べて都市部ではその作業が大幅に遅れているようです。きっと気の遠くなるような作業に違いありませんが、一日も早い完了が待ち望まれます。


動く道路が存在する?

動く道路といっても決して動く歩道やエスカレーターのことではありません。

都市部では滅多にないでしょうが、敷地の回りが田畑や林になっているような地域へ行くと、敷地と道路の境界が曖昧で、長年のうちに道路(道路状の部分)が広がったり、建物が本来の道路部分にはみ出して造られたり、ということは珍しくないようです。

これを繰り返しているうちに、もともと道路だった部分にどんと建物が建てられ、道路は大きく移動して……ということが起こります。

そしてある日、建て直そうとして役所へ行くと、「あなたが今住んでいる土地は本来道路です。すぐに元通りに直して下さい」ということになりかねません。

そこで本来の自分の土地はというと、すでに隣の人が住宅を建てて「時効取得」(長年にわたり異議を唱えないでいると所有権が移ってしまう)していた、などということもあるでしょう。これは土地そのものよりも「土地の権利」が幽霊化してしまう例です。


古い面積と長さの単位も使われている

面積を表す「坪」は現代でも不動産や建築の世界で、ごく普通に使われています。また「坪」ほどではありませんが、長さの単位として「間(けん)」や「尺」も生きています。

これらの「尺貫法」による単位表記は、メートル法の施行に伴い昭和34年に一般的な使用が廃止されています。昭和41年には土地建物にもメートル法が適用されたのですが、まだ当分は長生きすることでしょう。

□ 1平方メートル=0.3025坪
□ 1坪=3.30578平方メートル
□ 1メートル=3.3尺=0.55間
□ 1尺=0.30303メートル=0.16666間
□ 1間=1.81818メートル=6尺


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