擁壁を築造する位置の原則は前ページで説明したとおりですが、現実には原則と異なる位置に造られている擁壁も少なくありません。まず、その原因を整理しておきましょう。
擁壁の設置義務者が協力してくれない場合
前ページの図【A】で、上山さんに擁壁の設置義務がある場合でも、上山さんが多額の費用を負担して擁壁を造ってくれるとはかぎりません。このとき、上山さんには建築の予定がなく、下川さんだけが住宅を建てようとするのであれば、行政側から擁壁の設置を求められるのはあくまでも下川さんです。
そのため、上山さんがまったく協力してくれなければ、下川さんは自分の敷地内で、がけ地から離れた位置に独立した擁壁を造るか、もしくはそれに代わる措置を独自にとらなければならないことになります。
双方の合意によって本来の位置からずらして造る場合
擁壁の役割は、上の敷地の「土留め」であるのと同時に、下の敷地の災害防止のためのものでもあり、双方にメリットが生じるものです。したがって、設置義務者は上山さん、建築計画で擁壁を必要とするのは下川さんという場合に、原則論を持ち出して「うちが建てるときに必要だから、おたくの責任と負担で擁壁を造ってよ」と下川さんから上山さんに一方的な要求をするのは不合理だともいえるでしょう。
そのため、上山さんに擁壁の設置義務がある場合でも、話し合いのうえで下川さんも費用を負担したり、原則とは関係なく境界上に設置したり、地中の基礎部分が下川さん側に入り込むことを認めたりするケースもあるわけです。
もちろん、下川さんに擁壁の設置義務がある場合も同様で、原則どおりには造られていないことも少なくありません。
また、とくに築造時期が古い擁壁の場合、その工事がされた当時は現代ほど敷地境界に対する意識が強くなく、境界がはっきりしないままで工事の都合を優先して擁壁を造ったり、予定外に地中の基礎部分が境界を越えても「いいよ、いいよ」「どうぞ、どうぞ」で済ませてしまったこともあるでしょう。
擁壁の越境が疑われるときの対処方法
仮に双方の合意内容が曖昧なままだったとしても、擁壁を造ったときの当事者同士が住んでいる間は、さほど問題になりません。ところが、一方が相続で子や孫が住むようになったり、片方が売買で所有権が移ったりして、お互いに当事者が代わると、いきなり「越境だ!」というトラブルが起きることもあるのです。
また、一般的に「擁壁は上の敷地のもの」といった認識が広まっているため、本来は下の敷地に含まれる擁壁であるにも関わらず、お互いに誤解をしたうえで争っている例もあるようです。
都市部では擁壁ぎりぎりに建てられる住宅もある
それと同時に、その擁壁が築造された当時のいきさつを、可能なかぎり調べてみることも必要です。
もし、お互いの合意のうえで、境界上に擁壁が築造されていたり地中の基礎部分が境界を越えていたりするのであれば、“越境” 問題として争う余地はなく、ただ単に「境界上に擁壁が造られている」という事実関係があるだけだともいえるでしょう。
ところが、築造当時の合意があっても文書化されておらず、当事者も死亡しているためにはっきりしないというケースも少なくないはずです。また、合意がないままに無断で境界上に造られたり、地中の基礎が境界を越えたりした擁壁も実際には存在すると考えられます。
しかし、仮に明らかな越境だとしても、それを容易に是正できるわけではありません。擁壁が越境している側、越境されている側、どちらの立場に直面した場合でも、越境トラブルとして隣家と争うよりも、これからどうするのかを明確に取り決めておくことのほうが大切です。
「その擁壁はどちらの所有なのか、あるいは共有か」「維持管理はどうするのか」「修復が必要なときの負担はどうするのか」などについて、しっかりと確認をするようにします。
これから購入しようとする住宅の敷地の問題であれば、それを売主に明確にしてもらったうえで売買契約を交わす、あるいは決済(残代金の支払いと引き渡し)のときまでに文書で明らかにしてもらうことを契約条件にする、などの対応も考えるべきでしょう。
なお、擁壁の(地中に隠れている)基礎部分が隣地に越境しているとき、一定期間が経過していればその土地を時効取得できると主張する人もいます。
しかし、時効取得の要件である「“所有の意思” をもって平穏かつ “公然に” “占有” を継続」したことに当てはまるのかどうか、大いに疑問です。そのような主張をして隣地と険悪になっても、何らメリットはないでしょう。
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