アブシンベルに込められたラムセス2世の想い ―ネフェルタリ―

愛と美の女神ハトホルを祀った小神殿。ハトホル神殿、ネフェルタリ神殿とも呼ばれる。左から2番目と右から2番目がネフェルタリ像で、他の4体はラムセス2世像

愛と美の女神ハトホルを祀った小神殿。ハトホル神殿、ネフェルタリ神殿とも呼ばれる。左から2番目と右から2番目がネフェルタリ像で、他の4体はラムセス2世像

ネフェルタリに捧げられた小神殿。王妃の像は王の足下に小さく並べられるのが一般的で、このように巨大な立像が立ち並ぶ例は他にない

ネフェルタリに捧げられた小神殿。王妃の像は王の足下に小さく並べられるのが一般的で、このように巨大な立像が立ち並ぶ例は他にない

また、ラムセス2世はエジプト中に建立した神殿に第1王妃ネフェルタリの像を残している。アブシンベルの小神殿自体、結婚25周年を記念してネフェルタリを奉るために建立されたものだ。もちろんラムセス2世の8人の王妃のうち、これほどに祀られているのはネフェルタリだけだ。ルクソールのネクロポリスにあるネフェルタリの墓のレリーフにはラムセス2世の言葉が捧げられており、そこには「世界でもっとも美しい人」「心から愛するただひとりの女性」と記されている。

ラムセス2世は「我は太陽神ラーなり」と名乗ったが、彼の行動はとても人間臭い。これまでの慣習を覆して捧げたネフェルタリへの想い、敗北を大勝利として人民に知らせた戦勝レリーフ、ヒッタイトと和平条約を結び、妃を献上された際には宴会で酔いつぶれるまではしゃぎまわったという伝説……。暴君とか顕示欲の塊とかいわれるファラオだが、こういった解説を聴いてラムセス2世像を見上げると、秘密基地を飾り立ててはしゃぎまわる子供のようにも見える。

広大な国をまとめるために、ファラオは神でなければならなかった。そしてなんとしても神であろうとした。

 

ヌビア遺跡群の移転と世界遺産条約の幕開け

砂漠に広がるアブシンベル全景。左が大神殿で、右が小神殿

砂漠に広がるアブシンベル全景。左が大神殿で、右が小神殿

実はアブシンベルもフィラエ島のイシス神殿も、もともと現在の場所にあったわけではない。たとえばアブシンベルは現在の位置から110m東、64mも低い場所にあった。

こちらも大神殿大列柱室。ラムセス2世の像であると同時に、オシリス神の像でもある

こちらも大神殿大列柱室。ラムセス2世の像であると同時に、オシリス神の像でもある

1950年代前半にアスワン・ハイ・ダムの建設がはじまると、ヌビア遺跡群はダム湖の底に水没する運命となった。これに対してUNESCO(ユネスコ:国際連合教育科学文化機関)が水没遺跡救済アピールを展開し、アブシンベルをはじめとするヌビア遺跡群を移動させる計画が持ち上がった。この移築計画が発端となって、価値ある遺産を守ろうという機運が高まり採択されたのが、世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約、すなわち世界遺産条約だ。

アブシンベルをよく見てほしい。神殿は岩窟を20~30tのブロック1,000個以上にも切り分けられて移築されたが、その痕跡はほとんど見えない。アブシンベルを覆う岩山はコンクリート・ドームに土を被せて造られているが、それもまったくわからない(見学することはできる)。

アブシンベルは、3,000年前にラムセス2世が神たらんとして建造した神殿であると同時に、現代科学の粋を集めて再建した、世界のかけがえのない遺産を守り続けるという人類の決意表明でもある。