アブ・シンベルとファラオの想い

神々の立像、壁一面のヒエログリフ(古代エジプトの神聖文字)、聖なる儀式を描いたレリーフ……日本人が思い描く典型的なエジプトが、ここにはある。

世界遺産条約のきっかけにもなったアブシンベルをはじめとするヌビア遺跡群は、古代エジプト最高の建築物であるだけでなく、現代建築の粋を集めて造られた新しい建築物でもある。今回はエジプトの世界遺産「アブシンベルからフィラエまでのヌビア遺跡群」に込められたふたつの想いに迫ろう。

ファルーカに揺られて

ナイル川に浮かぶ白い帆の帆船ファルーカ。タクシーのように使うこともできるし、これでルクソールまで3~5日かけて下ることもできる ©牧哲雄

ナイル川に浮かぶ白い帆の帆船ファルーカ。タクシーのように使うこともできるし、これでルクソールまで3~5日かけて下ることもできる ©牧哲雄

ナイル川を渡るファルーカたち

ナイル川を渡るファルーカたち

王家の谷で有名なルクソールの上流にアスワンの街がある。アスワンは多くの人にとってアブシンベルへの経由地にすぎないが、ここから上流に向かって280kmの一帯に散在する遺跡群が、「アブシンベルからフィラエまでのヌビア遺跡群」として世界遺産登録されている。その起点となるのがアスワンの街にあるフィラエ島だ。

フィラエ島(アギルキア島)のイシス神殿は船に乗らなければ渡ることができない。ナイル川で船といえばまっ白な帆を持つ帆船ファルーカだ。まっ黒な顔をしたヌビア人の船頭が帆を広げると、ファルーカは風を受けて音も立てずにスルスルと水面を切る。

 

「エジプトの真珠」と謳われたフィラエ島のイシス神殿。もともとこの島はアギルキア島と呼ばれていたが、フィラエ島が水没して神殿が移築されたあと、フィラエ島と呼ばれるようになった

「エジプトの真珠」と謳われたフィラエ島のイシス神殿。もともとこの島はアギルキア島と呼ばれていたが、フィラエ島が水没して神殿が移築されたあと、フィラエ島と呼ばれるようになった

黄色い剥き出しの大地がいきなり青のナイルに落ち込む。ホテルや整備された道路沿いにはヤシやバナナの木が並んでいるが、自然の大地に緑はほとんどない。黄と青が侵食しあうコントラストは強烈だ。ナイルを旅していると、畑や街路樹を除くと緑は川沿いに並んで散在するだけだということがよくわかる。この少ない緑に張り付いて、人は暮らしてきた。

船頭に「この辺に森はないのか」と聞くと、「ない」と答える。「ナイルもオアシスも移り気だ。川は氾濫するし、オアシスはいつ消えるかわからない。だからでっかい土地が必要だったんだよ」。こうして村が生まれ、灌漑が整備されて国へと成長した。

砂漠では国家は強大でなければならない。だから王たるファラオは神を名乗り、新王国第19王朝ファラオ・ラムセス2世は人々を束ねるために多くの神殿を建築した。その最高傑作がアブシンベルだ。