しっとりと爽やかな鮎
近隣にオフィスが多い四谷四丁目交差点そばにあって、この店でも短時間で摂れるランチを提供している。だが、ワイン好きが食すべきなのは、夜と同様に手間ひまかけた料理が盛り込まれる『季節のメニュー』だ。その日に入荷する素材を生かすので料理は毎日変わる。この日の『初夏のメニュー』に合わせたワインを小川氏に選んでもらった。もうひとつこの店で楽しみなのは、盛り合わせてテーブルに置かれる個性豊かな自家製パン。どれを食べようか迷いつつ気の向くままに手を伸ばせばいいのだが、料理に合わせておすすめのパンを選んでもらった。さて、一皿目の前菜は涼しげなガラス皿で供される『和歌山産鮎の炙り ミント風味の枝豆ソースとイクラのサラダ仕立て』である。
もう鮎が出回る季節――と懐かしく思い起こしつつ、まず眼に涼やかな淡緑色のソースに見入り、枝豆をペースト状にしたソースとともに香りを愛でる。切り身に塩をたっぷり振り、焼いたのちに冷ましてまた炙って焦げ目を付けてある。強いて喩えれば鮨屋が炙ってから握る穴子の身のように、焼き目が香ばしく肉質はしっとりしている。なるほど料理名どおり、ローストではなく「炙り」の旨さである。
にじみ出る初夏の滋味と涼しげな香り。枝豆にかすかに添えられたミントの香り、そしてイクラや野菜のぷちぷちパリパリといった食感。香ばしさや旨味と、瑞々しさや爽やかさが渾然一体となって口中をかけめぐる。この料理に合わせるパンは『オレンジピール入りライ麦パン』で、かんきつ系の皮のほろ苦さがミントの香りとハーモニーを奏でる。
爽やかな前菜に合わせたワインは、トレンティーノ州でシャルドネ種のブドウからフェッラーリ社が造るスパークリングワイン、トレント ブリュットである。まず口に広がるのは、ぱりっとした酸味。次に、冷やした梨にかぶりついたような瑞々しい果実味が広がり、瓶の中で泡を作った酵母が加えた適度な厚みが余韻に残る。しっとりと味わい深い前菜を爽やかに洗い流しながら、やわらかな果実香が心地良い。初夏のランチの始まりに、この上なく贅沢な組み合わである。