ラウンジで静寂を

吹き抜けの高い天井に下がるシャンデリアと壁の鏡を見て、初めて訪れた人はまず間違いなく息を飲む。イタリア料理店『スペッキオ』の店内は、イタリア料理店というよりはクラシックなホテルのラウンジに似ている。

だが、古風という形容は当たらない。多くのレストランが切望しながらも得られない、クラシックで上品な内装と吹き抜けの広々とした空間である。車の往来が激しい表通りから店のドアを入れば、そこには静寂がある。

じつはここは四谷と新宿の中間にある出版社、ポプラ社の社屋一階である。寿司とそば、そしてイタリア料理が何より好物だという社長の肝煎りでレストランが入った。店の奥はちょっとした規模の会合や結婚披露宴に使えるホールにつながっており、別に食事が取れる個室も備えている。

ランチの時間にガラス張りのファサードから明るい陽が差す(写真提供:スペッキオ)

小説家の村上春樹氏を思わせる顔つきのマネージャー兼ソムリエが、小川征司氏。始めは料理人としてキャリアを積んだが、大宮のイタリア料理店『ベネチア』でサービスの仕事を始め、「本当のイタリアが見たくなって」1999年に渡伊する。

イタリアでソムリエ養成コースの授業を受けたのちにステジスタ(研修生)としてマルケ州の『ジャルディーノ』に入り、プロフェッショナルソムリエの資格を得たのちもこの店にとどまった。滞在中は名店での食べ歩きを続け、サービスが優れた3つ星レストラン『ダル・ペスカトーレ』に入り、厨房にいた百瀬幸治氏と出会う。百瀬氏こそ、現在の『スペッキオ』のシェフである。

では百瀬氏はなぜそこに至ったのか? 彼は洋食の料理人を経て青山の『アクアパッツァ』で料理長として働いていたが、2000年にイタリアへ渡る。「料理が生まれた背景となる、イタリアの実生活を体験したかった」という。

本場に行った料理人はふつうなら専門的な料理店だけで修業するだろうが、彼は初志を貫いた。途中、一時は在ローマ日本大使公邸の料理人となったものの、高級リストランテから、気軽なトラットリア、味わい深い家庭料理に至るまでイタリアの食と生活について体験を広げた。

百瀬氏は帰国した2004年からここで厨房を取り仕切り、小川氏は帰国後、兄が営む笹塚の『サルサズッカ』を経て、2007年からスペッキオのマネージャーとなった。若き2人がそれぞれイタリアに渡ってから、もう10年近く経ったことになる。

——さて、初夏のある日に供されたランチと合わせてもらったワインを紹介しよう。