全ての茶がカラダを冷やすのか?

では、全ての茶が体を冷やすのでしょうか?

実は、この「本草綱目」には、福建省北部に連なる武夷山(ぶいさん)で作られる岩茶だけは、茶のなかでも「温」であることが書かれています。恐らく、岩肌に根を張ったお茶が、岩に含まれるミネラルを吸い上げた結果、普通の土でそだったお茶にはない効能をもった、素晴らしいお茶に育つのでしょう。

もちろん、武夷岩茶だけでなく、普[シ耳]茶や紅茶なども身体を温める「温性」に属するお茶であるといわれていますが、味、香り、そしてその華やかな美味しさを考えると、やはり「温性」の代表としては、この岩茶を先ずこのお茶を取上げなくてはならないでしょう。

■ 武夷岩茶とは?

中国福建省北部に武夷山という山の連なりがあります。三十六峰、九十九岩といわれるように、奇峰、奇岩が林立するこの山の麓では、古くからお茶作りが行われていたそうで、南北朝時代(479年)には「晩甘猴(ばんかんこう)」という名前のお茶が武夷山で作られていたといわれています。また、唐の時代には氏族階級の人々に楽しまれていたといわれ、宋や元の時代には、皇帝への献上茶となり、盛隆を究めました。元代の大徳6年には、武夷の渓流で知られる九曲渓の中の四曲に皇帝献上用の茶を作る茶畑が設けられています。

元代は、宋代の流れを受けていますので、作られていたのは緑茶ベースの団茶(だんちゃ)だとされていますが、いまでは、青茶のメッカ。特に、連なる奇岩の割れ目や窪地などに、様々な品種の茶樹が一、二株ずつ自生しており、岩のミネラル分をたっぷり含んだ武夷岩茶は、特に「岩骨花香」といわれれる「岩韻」を持つお茶であるといわれ、それを楽しむのが正しい飲み方だとされています。(このお茶の作り方は、Close Up「それぞれの青茶の作り方」を参照してください。)。

明代になり、蒸茶から釜炒り製法に変ったため、三紅七緑の烏龍茶製法が考案されました。それにより、現在の武夷岩茶の基礎が誕生したのもこのことであるといわれています。17世紀には、欧州に輸出されるようになり、現在の紅茶発展へと繋がっていくという歴史的は背景を持った、中国茶の歴史の中にあっても、非常に重要な位置を占めるお茶だといえるでしょう。