ペリカンの今

「おやじさんは話が面白かったからなぁ」と渡辺猛さんは言いました。以前、先代の多夫(かずお)さんから戦後のペリカンの話を少しだけ伺っていたわたしは、もうそれが聞けないことをとても残念に思ったけれど、猛さんにどうか今のペリカンについて話してほしいとお願いしたのでした。

「この店はおやじさんの遺した最大のものだよね」 猛さんは店を見渡し、あらためて確認するように呟きます。 世代交代して6年近く。今、パンを焼くのは7人ほどの職人さんたちで、若い人も随分多くなりました。 「父は職人ではなかったんですよね。 長い時間かけてパンの仕事に馴れ親しんで 体が自然に動くようになったんです。 今働いている子達をそこにもっていくのはとても大変なこと。 父がいた頃の2倍の人数で補い合っています。今5しかできてないところ、いずれは10できるようにしたいね。でも今はまず、現状維持」

大きなリールオーブンで焼かれる
焼きたては速やかにラックに並べられる

パンの記憶

最初のパンの記憶は、平窯から木の棒で取り出されるパン、と聞いて、それは戦後何もなかったときに、この辺りの墓石職人さんが作ってくれたという石窯?と尋ねると、「いやぁそれはかなり古い話ですよ」と猛さん。でも今のオーブンもかなり年季が入っている昭和55年製なのでした。

「祖父(昭和24年にこの地、浅草でパン屋さんを始めた初代)は舌が肥えた人でしたね。小さかった僕の食べものをなんでも、ちょっと食わせろって味見していた記憶があります。味に関して趣味的というか、だから父は素材に神経を使う人になったのだと思います」

「小さい頃、家にはなんだか大きい人がいっぱいいるなぁと思っていた記憶もあります。アルバイトに来ていた、父の大学の柔道部の後輩だったんだよね。喫茶店にパンの配達に行っていたんです。新宿まで自転車で30分。そういう時代でした」
喫茶店のためのパンをおもに焼いていた昔。今は喫茶店への卸は近くの、古いつきあいのところだけなのだとか。

小さいほうの角食パン

受け継がれていくもの

「おやじさんは変わり者だったかもしれないなぁ。 昭和一ケタの人って、みんなそうなのかもしれないけど、 何ものにも負けない強さがあったね。そしてよく笑ってたね。 いやあ、同じことはできないな」

でもすでに続いている、きっと続いていく、おいしい食パンとロールパンの店。

初代から受け継いで大切にしてきたものがどういう形で後世に伝わるか。先代の多夫さんはそれを「種」にたとえたそうです。時代も環境もハード面は当然変わっていく中で、ソフトとしての「種」は今、確かに猛さんの手の中に受け継がれているのです。

浅草周辺に限らず、世代交代で消えていくお店が多い中、ペリカンのように 変わらぬ様子で続いていくお店があります。先代の遺志を継ぐ家族や従業員、そしてお客さんたちが大切に想い、守るものがそこにはあるような気がします。

ペリカン


所在地:東京都台東区寿4-7-4
TEL:03-3841-4686

営業時間:8:00~17:00 (品切れの場合閉店)
定休日:日曜日・祭日・特別休業日
欲しいパンがあるときは当日、休前日は避け、早めの予約を。

東京メトロ銀座線田原町駅より徒歩3分
地図:Yahoo!地図情報


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