歌舞伎には実に様々なレベルで、細かくいろいろな約束事がある。歌舞伎をとっつきづらいものと思わせているものが、この約束事というやつかもしれない。
例えば黒衣。役者の後ろに控えて、小道具などを引込めたりする。黒い衣裳を着ている登場人物かなと思うがそうではなく、「舞台に居ないものとして観る」のが黒衣の約束事となる。このへんは序の口かも。
悪者が成敗されて死んだ。その役者が舞台にずーっと倒れたままでいると落ち着きが悪い。黒衣さんが「消し幕」と呼ばれる大きな布を広げ、その幕に隠れるようにその役者が退場する。「なんで、あそこで幕を被って、あの死んだはずの人が動いてるの?」と思うかもしれないが、これも舞台を美しく見せるための歌舞伎の約束事の一つかも。主役の演技の邪魔にならないよう、そーっと無駄のない動きで退場する。これも歌舞伎の美学なのだ。
「数人の役者が中腰になって手探りで踊るようにスローモーションで動いてるけど、こんなに明るいのに何故?」という局面もあるかも。これは「だんまり」というシーン。「闇夜で暗くて互いが見えない」場所で、敵味方が入り乱れて探り合っているという約束事でもある。
例えば、二人の役者が、舞台中央前面に出てきて客席に向かって会話する。「二人の会話のシーンなのに、何故お互いを向いてセリフ言わないの?」と思う人もいるかもしれない。
約束事のほんの一部をご紹介したが、これらすべて、役者をよりカッコよく見せたり、舞台をより美しく見せたり、しぐさや情景をより強調して美化して見せたり、あるいはその場面や次の場面の効果を上げるためだったり、という歌舞伎ならではの工夫の一環なのだ。いわば、お客により楽しく、美しく、かっこいいものを見せるためという目的のための手段ともいえるかも。
幼い頃から鍛錬を積み重ねる役者達。舞台を最高のものにするために修行をする裏方の人々。そういう人々の積み重ねにリスペクトすべきものだ。と、同時に、それらすべて、観客の極上のひと時を実現するためのものでもある。
約束事は「難しい」「知っていないと観ても分からない?」と思うより、「すべてワタシが舞台を気持ちよく観るためなのね」とマダム気分(?)でいる方が、ずっと気楽に楽しめるはず。
劇場前には酒樽の積み物が。 |