プロカメラマン 北郷仁さん
プロカメラマン 北郷 仁さん
今回の「隣の文具活用術」にご登場いただきますのは、プロカメラマンの北郷仁(ほんごう じん)さん。

文具好きの皆さんの中には、北郷さんのお名前をご存知の方も多いと思います。

「趣味の文具箱」の中で文具の撮影を初回からずっとご担当されていますし、「編集部自腹インプレッション」にもお名前がありますので、ご記憶の方も多いはず。
趣味の文具箱
北郷さんがこれまで撮影されてきた雑誌の数々(これは、ほんの一部です。)

また、北郷さんは万年筆愛好家の方々により綴られた「ペン!ペン!ペン!ファウンテンペン!」の撮影もされるなど、文具を撮影したら右に出るものはいないというくらいに文具の魅力を引き出した撮影で定評のある方です。

実際、私も北郷さんが撮影した万年筆の写真を見て、これまで幾度も物欲をそそられたクチです。

今回この「隣の文具活用術」では、北郷さんの文具活用術はもちろんこと、北郷さんがなぜカメラマンという仕事に就くことになったか、さらには、文具を魅力的に撮影するコツまで、色々なお話をお伺いすることができました。

では、早速スタート!

ガイド土橋:
まず北郷さんの現在のお仕事の内容についてお話いただけますでしょうか?

北郷さん:
プロカメラマンとしてフリーで活動しています。

撮影しているものは全体の85%が文具やカメラ等の「物撮り(ぶつどり)」といわれる商品撮影。そして残りの15%がタレントさんなどの人物撮影です。
Seaside
北郷さんが人物撮影をされているフリーペーパーの「Seaside」。表紙ももちろん北郷さんによるもの


そもそもカメラマンは、それぞれ専門分野というものを持っています。例えば風景専門、人物、スポーツなどです。私はそういう意味で言えば「物撮り」専門ということになります。

ガイド土橋:
そもそもカメラマンを目指したきっかけは?

北郷さん:
私は小学生の頃からカメラが好きで撮っていました。

実はそのころ、カメラよりもっとはまっていたものがあったんです。それは鉄道模型作りです。もともと手先は器用な方なので、細かいパーツを組み立てていく模型作りは性に合っていたようです。

ちょっと話がそれますが、それが今の「物撮り」にも大きく影響していると思います。

と言いますのも、物撮りでは万年筆をきれいに、それこそ指紋一つないように磨いたり、商品の向きを1mm単位で動かしてみたりと、とっても細かな作業が多いんです。私はそうしたことが全然苦になりません。鉄道模型作りで培ったことが今、大いに役立っています。

さて、話を戻しまして、私はその鉄道模型づくりにどんどんはまっていきました。そして、その興味はさらに深まり、もっとリアルに作るにはどうしたらいいだろうかと、考えるようになりました。ならば、実物の鉄道をもっと見てやろうと思い、実物の鉄道を撮影するようになっていったのです。

当初は鉄道模型を作る手段であった写真撮影なのですが、いつのまにやら写真の魅力に今度はハマってしまい、そちらの方が面白くなってしまったんです。

そして、中学で一眼レフを買い、高校では写真部にも入ることになりました。

それまでの自分は、好きな鉄道を撮るということばかりでしたが、写真部となると、好きなものだけ撮るという訳にはいきません。

学校の行事、例えば運動会や文化祭なども撮らなくてはなりません。

そうした自分の好きなもの以外のものも撮影するようになり、かえって写真の面白さに気づかされることになりました。

この時、こんな楽しいことを一生涯の仕事に出来たら、最高だろうなあと思い、プロカメラマンになることを決意しました。

そして、東京工芸大の写真学科に進み、さらには大学院まで行き、プロカメラマンになるための勉強をしていきました。

卒業後、すぐにフリーカメラマンとして独立したんです。

ガイド土橋:
いきなり独立といっても、仕事は初めからありましたか?

北郷さん:
さすがに初めの頃はそんなにありませんでした。このとき私は雑誌の仕事がしたいと思っていました。雑誌ってとても身近じゃないですか。私自身雑誌がとても好きで、よく読んでいましたし。

プロカメラマン 北郷さん
「趣味の文具箱」との出会いを語る北郷さん
その頃よく好んで読んでいたのが、カメラ雑誌でした。そんなある時、とあるカメラ雑誌に目が止まったんです。「ライカ通信」というものです。

すごく面白い!これを作ってる人はきっとすごい人だろうなぁ、と思っていました。

そしてその思いは読むだけでは満足出来ず、自分もこの雑誌の中で写真を撮ってみたい、そんな風に思うようになっていたんです。

運良く知り合いの中に、この雑誌の編集長を知ってる人がいまして、紹介をしてもらえることになりました。

その編集長が、「趣味の文具箱」編集長の清水さんだったんです。清水さんはとても懐が深くて、当時まだ26歳の私にすぐに仕事を依頼してくれました。

ガイド土橋:
それがきっかけでカメラそして文具の撮影をするようになったんですね。
そういうストーリーがあったとは初めて知りました。