映画「山猫」の名セリフのような状況?

エドワードグリーン・バークレー
エドワードグリーンの内羽根式パンチドキャップトウ・バークレーです。木型は1990年代後半に変更となった、いわゆる「新202」。以前からのグリーン好きには当時非難の嵐が巻き起こりましたが、今や新工場・旧工場とそれほど騒がれなくなり、つくづく時の流れを感じます。


いや、別にラテンの血が入ったイギリスの靴の全部が全部を悪いとは思ってはいません。例えば上述したクロケット&ジョーンズの337木型は、シェイプや履き心地から見ても顧客の新たな時流を十二分に取り込んだ、今日まで世界中でロングセラーになる説得力を十分に備えているものと申せます。また、2006年にデビューしたガジアーノ&ガーリングの靴も、イギリスの経験美にイタリアの創造美をほんの少しだけ、でも極めて高次元に融合させた、他国の既製靴を含めて見回してもこの10年では間違いなく、文句無しの最強の傑作でしょう。

でも、中には無理してラテン系の発想にすり寄っている姿勢が顕著で、素人目で見てもデザイン上の釣り合いが明らかに取れていないものも結構あって、旧来からのイギリス靴好きは少々寂しい気分になるのも事実です。自分たちがやってきたことに、もっと自信を持っても良いのに…… イギリス的な美意識を理解できない親会社や発注先がやらせてくれないのかな? お店で申せば、今日一番「イギリス靴らしいイギリス靴」が揃っているところは、イギリス本国ではなく、間違いなく東京のロイドフットウェアでしょう。確固たる審美眼を持った上で発注を掛ける彼らのような店を、メーカーも顧客ももっと大切にしなくてはいけません。

一方メーカーで申せば、かつてのイギリス靴らしさを一番保持したままでこの10年を経たところは、ひょっとしたら工場売却の絡みで1990年代後半に木型と型紙をモデルチェンジした、エドワードグリーンかも知れません。工場移転後に製造されたいわゆる「新グリーン」に対しては、「鳩目周りのスワンネックステッチなど、デザインが多少あざとくなった」「かかと周りが大きくなった」などの否定的な見解が、靴好きの間からは当時確かに多く出されていたのだけれど、それらは今振り返ってみれば、他のイギリス靴メーカーのこの10年の変化に比べれば特段大きなものではなかった感もあるのです。少しずつ新モデルを追加しながらも、キャップトウのチェルシーとバークレー、セミブローグのカドガン、それにフルブローグのマルバーンと言った内羽根式の大定番は相変わらず健在で、しかも受注会等でこれらは以前の型紙でもオーダー可能だからです。

やや細身ながら普遍性を十二分に有したアーモンドトウの「82」木型が2004年から05年にかけて登場した際には、正直ホッとした「旧グリーン」のファンの方も、決して少なくなかった筈。生産量の決して多くないメーカーであるがゆえ、何と言うのか、ファンが「以前の方が良かった!」と大騒ぎするのを目の当たりにできたからこそ、エドワードグリーンの経営陣は
「自分達がやらなくてはいけないこと」
そしてこれがもっと肝心なのかも知れないけれど、
「自分達がやってはいけないこと」
の双方を肝に銘ずることができた結果が、今日の堅実なラインナップに見てとれるような気がします。最初に変化したところが、結果的に一番保守性を維持してしまうという皮肉! 実はエドワードグリーンに関して言えば、今後の靴産業全体を考える上でもう一つ評価したいポイントがあるのですが、それは稿を改めますね。


最後のページでは、大西洋を渡ったアメリカの靴のこの10年!