今朝、採れたての泥付き大根をいただきました。青々とした葉っぱ付きの、けれど“売り物にならない”という烙印を押されたその二股大根は、包丁の刃先が触れただけでピリッと割れてしまいます。料理人としては、葉っぱも皮も全て使い切りたい!ところが、そこで必ず思い出してしまう新聞の投稿記事があるのです。

それは数年前のこと、『何故、大根の葉っぱを切り落として出荷するのか』生産農家の方へと第して、そんな内容の投稿記事が新聞に載ったのです。 「ふ~ん、そう言えば、最近大根の葉、ついてないかも...」その日は、軽くやり過ごした私ですが、数日後に掲載された、農業従事者だという方からの反論には、驚嘆させられました。『畑で大根を作る際は、農薬の大半は葉っぱに集まる。なので、葉っぱを切り落として出荷するのは、せめてもの農家の良心だ』

今にして思えば、有機農業が注目され始めた頃だったかもしれません。ちょうど巷では 、有吉佐和子著『複合汚染』 がベストセラーになっていましたから。 関連の本を読んだり、農業を生業としてる友人に意見を求めたりもしたのですが、所謂「正解」にはたどりつく事ができませんでした。ただ、今回初めて知った事は、地面の上を食するものと、地面の下(中)を食するものとでは、農薬散布の仕方が自ずと違ってきて、前者の場合は地中に、後者の場合は地上に散布するのが常識であるということでした。

したがって、『地中の部分を食べる大根の、地上の部分である葉は、食べないほうが安全』という考え方は、利に叶っていて、あながち間違いとは言えないかもしれない...との、甚だ曖昧な結論にしか到達できなかったのです。 ちなみにその友人は、家族が食べる野菜は、出荷用とは別の畑で農薬を使わずに作っていました。 農薬の恐さは、第一段階で直に接する生産者が一番よく解ってるのです。(しかし、前出の二股大根のように、売れなければどうしようもありません) 残留農薬とは、生産者と消費者の考え方の不一致が生みだした結末なのかもしれません。

話は今朝の大根に戻ります。皆さんは、『おしん』をご存じでしょうか?昔、NHKの朝のTV連続小説として放映、絶賛されたドラマで、主人公おしんが生まれ育ち、苦労を重ねた土地というのが山形で、そのおしん家族が常時食べていたご飯が、大根めしという設定でした。
私はそれまで、一度も口にした事はなかったのですが、ドラマ放送以後どこに行っても聞かれるのです、「大根めしを食べてるの?」と。

で、その 大根めしを試してみました。<おもに、大根の葉っぱの軸の部分を使う。葉をしごいて外してしまい、まな板の上で塩をふって板ずりし、30分位放置して水洗い、ぎゅっと絞ってみじん切り、ボールに入れて塩と醤油少々で味付けし、炊きあがったご飯に、白胡麻といっしょに混ぜる。>味付けた葉っぱは日持ちがしますので、納豆やチャーハンに入れたり、冷や奴にかけても美味しいです。『山形のだし』の原形でしょうか.......実は、たいへん美味しかった。

美味しかった!ではドラマの話は盛り上がらない訳で、おしん一家の貧しく慎ましい暮しぶりが際立たなくては困ります。
いえ、私自身はちっとも困らなくて、こんな良い食べ方があったのかと、大根の葉っぱと橋田寿賀子先生には敬意を表したいくらいなのです。時代背景の違いで、きっと当時は不味かったのでしょう。大根飯は、貧しさの代名詞だったのですね。
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※衛生面および保存状態に起因して食中毒や体調不良を引き起こす場合があります。必ず清潔な状態で、正しい方法で行い、なるべく早めにお召し上がりください。また、持ち運びの際は保存方法に注意してください。