石上神宮は
日本最古クラスの神社

石上神宮の境内には、神鳥と呼ばれる鶏が飛び回っている
石上神宮は、4世紀の創建といわれる、日本でも最古級の神社です。昔々、仏教がまだ伝来していないころ、このあたりを支配していたのは、物部氏という豪族で、石上神宮は、その氏神です。物部氏は神道の祭祀を司る役割をになっており、呪術にも優れておりました。つまり、神様パワーを使って当時の日本(というかヤマト国)を牛耳っていたのです。

しかし、その後、仏教を重んじる蘇我氏と対立し、物部氏は滅ぼされます。そのとき功績があったのが、蘇我一族のプリンス、厩戸皇子、のちの聖徳太子であります。

日本の仏教事始については、こちらも参考にしてください

問答無用の神様パワー

境内はそう広くはないのですが、鳥居をくぐった瞬間に、「おお、この場所は何だか普通じゃないぞ」という感覚があります。心地よい気が流れているとか、癒されるとか、そんな生っちょろいものではありません。ホンモノの神様パワーは、もっと圧倒的で怖いほどのものです。

こんな畏れ多いところに、わたしみたいなトンマな一般人が足を踏み入れていいのだろうか。ためしに、ご神域から一歩出てみると、「やれやれ、普通の場所に戻ってきたぞ」とも感じます。言葉ではうまく言い表せないのですが、この感覚は、行ってみれば、あなたにもきっとわかるはず。
石上神宮の堂々たる神門。

石上神宮については、こちらをごらんください

もともとこの神社には
本殿がなかった

一般に、神社には、拝殿と本殿という建物があります。本殿はご神体を祀る場所で、人が足を踏み入れるものではありません。拝殿は、その本殿の手前にあり、われわれはそこから本殿内部に祀られるご本尊を拝みます。

ここ石上神宮にも、拝殿と本殿があります。しかし、こちらの本殿は大正時代に建てられたもので、それ以前は、本殿がありませんでした。それはなぜか?実は、もともと神道は森羅万象に宿る神を祀るものだったので、建物の中になんらかの形あるものを祀る習慣がありませんでした。本殿を建てるようになったのは、のちに伝わった仏教の影響です。

昔、石上神社の拝殿の奥は「禁足地」になっていました。つまり、人が足を踏み入れてはいけない神聖な場所です。明治時代、この神社の宮司さんが思い切ってここを発掘してみると、勾玉や剣や鉾などの四世紀の遺物が埋まっていました。
これが拝殿。この後ろが禁足地です

その中のひとつが、国宝の七支刀です。これは4世紀に、朝鮮半島の百済の王族から贈られたもので、特別に鍛えた鉄を使ったので、敵を打ち破る霊力が備わっているとされています。つまりこれは魔法の剣で、神様パワーを象徴するもの。そういえば、何ヶ月か前に韓国に行った際に、博物館で、これとまったく同じ形の剣を発見してたまげたことがありました。なるほど、本当に百済から贈られたものなんですね。

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