昔は、花見と言えば梅だったというお話

鎌倉で最初に咲くと言われる荏柄天神の梅
現在は、お花見と言ったら桜に決まっていますが、奈良時代ごろの主流は、どちらかと言うと梅だったらしく、万葉集には、桜よりも梅を詠んだ歌が多いようです。宮中の人々は、中国原産のこの花の下に集まって花見の宴を開き、歌を詠んだのですね。

●万葉集の梅を詠んだ歌はこちらで見られます。なんと119首もあり、萩についで多いそうです。

天神さんと梅の関係

梅と言えば、皆様ご存知のように、天神様こと、菅原道真との関係が有名です。道真さんは梅を愛し、京都から太宰府に左遷される際に「東風吹かば、思い起こせよ梅の花・・・」という歌を詠んで、別れを惜しみました。するとその梅は、海を越えて、あるじのいる太宰府まで飛んできました。

●太宰府天満宮の「飛梅伝説」については、こちらをごらんください。

梅を見るなら、
天満宮や天神社へ

京都、北野天満宮には、2000本以上の梅の木があります
菅原道真は、死後、京都に数々の災いを起こす怨霊として恐れられるようになりました。それが一段落すると、なぜか、雷を起こして恵みの雨をもたらす「天神」として、また、もともと頭がよかったことから、学問の神としても広く全国的に崇拝されるようになり、各地に天神様を祀った天満宮や天神社ができました。その多くは、道真伝説にちなみ、今も梅見の名所となっています。

その代表例が、京都の北野天満宮です。北野天満宮は、道真の死後すぐ、都に天災が相次いだことから、その霊を鎮めるために建てられた神社です。

●京都、北野天満宮のホームページはこちらです。
梅園は、例年、2月初旬から公開され、会期中には、ご近所の花街、上七軒のきれいどころによる野点なども行われます。

●次のページは東京にある、道真ゆかりの梅見どころのご案内です。