お寺の食事は、
そもそもが、質素なものである

日本の宿坊は千差万別で、建物や施設も、いろいろなタイプがあります。食事は精進料理のところもあれば、普通の料理が出るところもあるし、その質や量も、宿坊によってかなり違います。より観光客向けのところでは、見かけも盛り付けも美しいものが出ます。たとえば、奈良の信貴山、玉蔵院などでは、華やかな襖絵のあるお部屋に、美しい精進料理を乗せたお膳が並び、老舗旅館に来たような気分を味わえます。

●信貴山玉蔵院の精進料理について知りたい方は、こちらをクリック。

テンプルスティの食事は、好きなものを取ってきて食べるビュッフェ形式。ナムルもキムチも食べ放題で、ご飯に混ぜていただきます
が、それはあくまで、お客さん用の特別な料理です。韓国のテンプルスティでは、お客さん扱いはないので、食事も、いたってシンプル。食堂に行き、ビュッフェ形式で、好きなだけ皿に持っていただきます。食器は金属製です。形は違っても、韓国の他の食べ物屋さんでも、金属製の食器が使われることがあります。これは、陶器よりも扱いやすく、長く使えるという理由だということです。


こちらは埼玉県太陽寺の精進料理。同じお寺の料理でも、日本は食器や盛り付け方にこだわりがあり、韓国は、見かけより味と量という感じかな
海印寺では、お坊さんたちは、同じ食堂の別の場所でかたまって食べていらして、食事中はおしゃべりをしないという、日本の禅宗の寺と同じような規則が守られていました。そのため、写真は撮れませんでしたので、他のお寺で食べたものの写真を載せます。みかけはこれと同じようなもので、キムチやナムルなど、韓国料理ではおなじみのおかずがあります。しかし、味は少し違うようです。

日本でもそうですが、精進料理は、ネギ、にら、にんにくなど、刺激の強い野菜は使わないのがお約束です。しかし、韓国料理にはにんにくがつきもの。ではかわりにどうするかというと、キムチの味付けには、しょうがと山椒が使われているのだそうです。そういえば、ここのキムチは、ソウルの普通の食堂で食べたものより、マイルドに感じられます。


美しい色彩のお堂。それと対象的に、韓国のお寺のお坊さんたちは、服装も生活ぶりも、たいへんに質素です


長い長い五体倒地

こちらのお寺では、お勤めは、夜と早朝に行われます。内容は、日本の寺と同じように、さまざまなお経が詠まれ、できる人は、一緒にお経を唱えます。わたしは、日本でもお経の意味がわかりませんが、ここではもっとわかりません。般若心経だけは部分的にわかりましたが、同じお経でも、フシのつけ方で、ずいぶん違って聞こえるものです。

それが終わると、五体倒地が始まりました。チベットのお寺を紹介するテレビ番組などで、ポタラ宮に行く信徒の人々が、頭と手足を地面に擦り付けて、伏しながら歩いていく様子を見たことがあると思いますが、ここでは、その、頭と手足を地面に擦り付ける動作を、お堂の中のその場でやります。これは実は、日本の寺でも、修行するお坊さんが日常的に行っておられ、われわれが修行体験で宿坊に泊まるときにも行われます。

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韓国の寺では、夕方と早朝に、鐘や太鼓の鳴り物を鳴らします。その後、お堂でお勤めがはじまります


その際は、お坊さんが太鼓などを叩いてリズムを作ってくださいますが、ここでは、お坊さんは、歌のようなフシをつけたお経を詠まれます。そして、個々の人々が、心から沸きあがってくる仏様への敬意を示すかのように、延々と五体倒地を続けます。わたしは体力がないので、すぐに疲れて続きませんでしたが…。

お経も、まるで音楽のようで、また、信徒の方々の動きも美しい舞踏のようで、ついつい見とれてしまいます。わたしは以前から思っていたのですが、韓国の方は、音楽的なセンスに優れていて、歌や踊りが上手なのです。しかし、そういう見方をするのは失礼なことです。韓国人である金さんは、「わたしは仏教徒でないので、皆さんが真剣にお参りしていらっしゃる様子をぼうっと眺めているのは、何だか心苦しいです。中途半端なことはしたくありません」と、外に出て行かれました。

それも納得です。韓国の方にとっては、そして仏教徒の方には、これは神聖な儀式なのです。一般観光客が、それを傍から眺めるのは、確かにあまり気持のよくないことかも知れません。しかし、日本では、「できれば参加してほしいですが、見て、仏教とは何かを少しでも理解する役にたててもらえば」というような感覚もあります。そのへんが、両国の考え方の違いなんでしょうね。

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