世界遺産/世界遺産関連情報

世界遺産が消える!危機遺産と新たなる危機(3ページ目)

世界遺産には危機遺産と呼ばれる今まさに消えつつある遺産がある。また世界遺産になったために崩壊の危機にある遺産もある。遺産保護は世界遺産条約の要。今回は危機遺産と世界中の遺産を襲う新たな危機を紹介する。

長谷川 大

執筆者:長谷川 大

世界遺産ガイド

世界遺産を襲う新たなる危機

ペルセポリス
風雨の浸食から遺跡を守るために一部に屋根が取り付けられたペルセポリス。見た目は悪いが、今後このような遺跡は間違いなく増える。
近年世界遺産を脅かす危機は世界同時進行で起こっている。実は危機遺産に登録されていない世界遺産も、地球規模の危機に瀕している。以下では3つの深刻な問題を紹介しよう。

■観光問題
マチュピチュには年間50万人の観光客が訪れている。観光客が歩くときの圧力や振動で石畳は崩れつつあり、いずれ地滑りを起こして谷底に崩落するという調査結果がある。このため1日の入場者制限や、入場禁止期間の設定が検討されている。
2006年7月に世界遺産に登録されたばかりの中国・安陽の殷墟では、8月にすでに観光客が急増した。しかし、数十万人が生み出す振動や呼気、トイレ等の排水やゴミ、食料のために開墾される自然、周囲に広がるスラム街……これらを想定している世界遺産はまずない。
中国やインドの発展もあって観光客数は世界的に急増中だ。今後観光客は世界遺産最大の問題になるだろう。

■酸性雨
インドのタージ・マハルでは大気汚染による酸性雨によって大理石が溶け出し、急速に傷んでいる。イランのペルセポリスやギリシアはアテネのパルテノン神殿、カンボジアのアンコール、イタリアのローマ遺跡群でも同様の被害が報告されている。都市近郊の遺跡はほぼすべて酸性雨の影響下にあると考えられるだろう。

カナディアン・ロッキー
カナディアン・ロッキーのコロンビア大氷原。世界中の氷河が年々後退している。
■気候変動
地球温暖化による気候変動の影響が世界中に出ている。
たとえばイタリアのベネツィアは水位上昇と地盤沈下によって沈没の危機に直面。スイスのアレッチ氷河やカナディアン・ロッキーのコロンビア大氷原は年々氷河が後退し、タンザニアのキリマンジャロやケニアのケニア山の雪の消滅も十数年以内と見積もられている。
また、海水の温度上昇がこれまで極度の乾燥地帯だったペルーの太平洋岸に雨をもたらして降水量が急増、チャンチャン遺跡地帯の土壁を溶かし、ナスカとフマナ高原の地上絵を流そうとしている。さらに、オーストラリアのグレート・バリア・リーフではサンゴの白化が促され、カリブ海や日本近海で台風やハリケーンが活性化されたおかげで厳島神社やエヴァーグレーズ国立公園を破壊したと言えなくもない。

なお、ユネスコは2007年4月、『気候変動と世界遺産のケース・スタディ(Case Studies on Climate Change and World Heritage)』を発表し、気候変動が脅かす26の世界遺産リストを公表した。これがケース・スタディ(事例研究)であるのは、これ以外の多くの世界遺産が同時進行で危機を迎えているからだ。詳しくは以下の記事を参照のこと。

【関連記事】
あの世界遺産も見納め?消えゆく26遺産 前編
あの世界遺産も見納め?消えゆく26遺産 後編

変わる世界遺産観光

ガラパゴス諸島のゾウガメ
2007年に危機遺産となったガラパゴス諸島のゾウガメ。島への上陸は場所を厳しく制限され、靴についた泥を払うほど慎重に行われるが、それでも生態系は破壊されつつある。
上記の問題の中でも、特に観光問題は、旅する側である我々に直接関係する問題だ。取りうる対策はひとつ。入場を禁止したり制限することだ。世界遺産の中にはすでに入場者制限を設けたものもある。以下でその例を挙げてみよう。

■アルハンブラ宮殿(スペイン):時間ごとに入場者制限。規定の入場者に達すると入場できなくなる。

■トゥンヤイ-ファイ・カ・ケン野生生物保護区(タイ):観光客の立ち入りは禁止。

■九寨溝(中国):近年日本でも急激に注目を集め、観光客が激増。そのため1日の入場者を制限している。

■ラサのポタラ宮(中国):ポタラ宮への入場者数が制限されている。ただ、2006年7月の青蔵鉄道開通にともなって人数は大幅に増やされた。

■クフ王のピラミッド内部(エジプト):1日300名の入場制限。午前、午後とも150名に達した時点で入場できなくなる。

■古代都市テーベとその墓地遺跡のネフェルタリの墓(エジプト):入場制限が厳しく敷かれ、朝早く(5時とも言われる)に並んでチケットを取らないと入場することができない。

■テ・ワヒポウナムのミルフォード・トラックとルートバーン・トラック(ニュージーランド):世界でもっとも美しいと言われる散歩道だが、個人歩き・ガイドウオークともに1日40人までで、入山は年6か月間のみ。

■ココ島(コスタリカ):映画『ジュラシック・パーク』のモデルと言われる島だが、観光客の島への入場は不可。定められたポイントに停泊し、ダイビング等を楽しむ。

■ガラパゴス諸島(エクアドル):観光は指定のガイドに率いられたクルーズ船のみ。近海の航行も制限されている。

今後、多くの世界遺産が同様の対策をとるのは間違いない。もちろんこれがいいことなのかどうかは疑問が残らないでもない。世界遺産を隔離して博物館のように遺産を展示することが、はたして普遍的価値を守ることになるのだろうか? 人が自然や文化との直接的な触れ合いをなくしたことこそが、世界遺産を危機におとしめているのではないか? いずれにせよ世界遺産を比較的自由に見ることができるのも、もうしばらくの間だけなのかもしれない。

なお、2008年7月時点での危機遺産は下の記事ですべて紹介する。

【関連記事】
世界遺産を救え! 危機遺産リスト2008
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