母親の決断
「ケータイ、止めなさい!」 |
「目の前で人が死んだら怖いでしょう? それは極端な例だとしても、大人の男の人が悪いことをしようとしたとき、小さい女の子は抵抗できないかもしれないでしょ」
「でも、そういう人とは知り合いにならないもん」
「そういう人だって、最初からは分からないのよ。初めは危険なそぶりも見せないの。大人の女の人だって騙されることがあるのよ。だから、子どもにとってはもっと危険なの。そういう危険があるってことを知っていれば、やめておこうって思うでしょ? 危険があるって知らないと、身の危険を感じたときにはもう遅い、ってことがあり得るわけ」
「13歳になったばかりの紗希ちゃんにはちょっとヘビーな話かもな。まあ、とにかく危険があるとちゃんと覚えておいてさ、ヘンなサイトや人には近づかないことだよ」
「大丈夫だよ。おじさん、おばさん。なんだか怖い話ばかりだけど、普段お母さんとか友だちと使う分には大丈夫でしょ? 約束する。ヘンなサイトには行かないし、怪しい人にも近づかないようにするから。とにかくあまり気軽に写真とかは出さないほうがいいってことだね」
「そう。だから、その美里ちゃんにも止めるように伝えたほうがいいわよ」
「言うだけ言ってみるけど、もう送っちゃったかも」
「とりあえずメールしてみたら?」
「うん」
紗希が携帯電話を取り出したところで、またメールが着信した。
「あ、美里ちゃんからだ」
春彦と麻季子は固唾を呑んで紗希がメールを読み終えるのを待った。
「ええー、なんで? うそぉ」
「どしたの?」
「なんか美里ちゃんの母です、って書いてあって、もうこの携帯電話は使わせませんって書いてある。解約しますって。どしたんだろ。お母さんに怒られちゃったのかな」
「写真を送ろうとしていたのがバレたんじゃない? お母さんも危ないと分かって携帯電話を取り上げたんじゃないのかしら。それとも電話料金が高かったとか」
麻季子と春彦は、美里の母からだというメールを見せてもらった。理由などは書いてなく、紗希が電話を発信してももうつながらなかった。春彦が苦笑しながら言った。
「ずいぶん強引なことをしたようだね。だが、写真を送ろうとしていたくらいだから、よほどケータイにハマっていたんだろうな」
「でも、お母さんが突然、そんなことするなんて。いやだなぁ」
「危険から救ったと思うべきでしょうね」
「だけどさぁ、友だちとのメールも出来なくなっちゃうなんて」
「携帯電話を持っていない子もたくさんいるでしょう?」
「うん。まあね。でもなんか、ショック」
「美里ちゃんの場合は、安全のためというより、危険を招くことに使っていたということでしょう。お母さんもよく気が付いたわ」
「事前にそうならないようにすべきだったが、まあ、被害を未然に防いだということだろう。紗希ちゃんも気をつけて」
「まだだって、1ヶ月も使ってないし。塾から帰るときに家にメールするし」
「そういう連絡のために買ってくれたんだから、そういうつもりで使いなさい」
「はぁ~い。せっかく買ってもらったのに使えなくなるなんてイヤだもんね」
風呂に入るように麻季子にうながされると、紗希は携帯電話をつかんで客間に行き、着替えを持って浴室に向かった。麻季子と春彦は目を見合わせて一段落したことにホッとしていた。少し間をおいてから、麻季子は春彦に内緒話をするように上半身を近づけた。
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