女の無謀
「待てよ、立川。人を呼んで困るのは君のほうだろ」「なに?」
立川と文恵が振り向いた。目に警戒心がこもっている。
「やめろよ、猿芝居は」
「猿芝居とはなんだっ!」
「君たち2人の、だよ」
「オレは今、目撃したんだぞ。お前が横井さんに抱きついているのを。彼女は怯えているじゃないか」
「誰を呼んでもかまわないが、そうすると君たちこそ困ったことになるって、忠告しているんだ」
「なにを言ってるんだ! オレが今、目の前で見たことが事実だろう! お前はセクハラの現行犯じゃないか。さあ、横井さん、誰か人を呼んできてくれ。これは隠してはおけない」
「は、はい」
文恵が部屋から出て行こうとしたが、春彦がもう一度言った。
オレはかまわないが |
文恵の足が止まった。恐る恐るといった感じで、文恵が春彦と立川の顔をせわしく見た。立川は春彦のほうに向き直った。
「な、何の証拠があるって言うんだ」
部屋の奥のほうだけ明かりが残っていて、開け放したドアから通路の明かりも差し込んでいる。互いに明かりを背にして、春彦と立川が対峙した。
「立川、いったい何が目的だ? もしかして人事のことか?」
「何を言ってるんだ。オレはお前の横井さんへのセクハラを現行犯で目撃したんだぞ。目的とは何のことだ」
「止めろよ。2人の関係はこちらはとっくに把握してるんだ」
「何をバカなこと言ってるんだ。オレは彼女とは何の関係もない。お前のセクハラが問題なんだ」
「2人の不倫関係は問題じゃないのか」
「なっ……」
息を止めたようになった立川と、いつの間にかそのすぐ後ろに立った文恵の顔がゆがんで見えた。
「立川、止めよう。バカなことは。下手な小細工は墓穴を掘るぞ」
「何を言ってるんだ」
「横井さん。君も無謀なことは止めたほうがいい。せっかく仕事も出来るいい社員なのに、何でこんなことになっているのか分からないが」
「私は……」
「いずれにしても、オレは君たち2人の関係を知ってるんだ」
「何のことだ。何を証拠にそんなことを」
「言っておくけど、オレだけじゃない。複数の社員が知っている。それで、こんな筋書きときたら、誰だって疑う。バレバレだよ」
「む……」
文恵が顔をそむけて下を向いていた。立川はそれでもなお、何かを言おうとしたが、文恵がさえぎった。