男の陰謀
「どうした、貧血?」返事もなく、立ち上がっても来ないので、デスクの横に立って見ると、自分のイスにしがみつくようにくず折れている。いやな予感がしたが、具合が悪いのであれば何とかしなければならない。近づいてみると、ハアハアと呼吸が荒い。「うーん」とうなると、さらに苦しそうにしている。
「横井さん、どうした? 具合が悪いのか?」
「だ、大丈夫、です…。あ……。す、すみません。手を、手を貸していただけますか? とにかく起き上がりますから」
目の前で具合が悪そうにしていて、手を貸してほしいと言われれば、手を貸さないわけにもいかない。不安もありながら、やむを得ず、文恵の腕をつかんで立ち上がるのを手助けした。なんとか立ち上がり、よろけるように春彦のほうに体を預けてきたので、かなりの力を入れながら、文恵がちゃんと立てるようにした。
「大丈夫? 救急車を呼ぶとかしたほうがいいか?」
「大丈夫です……あ、でも、このまま……」
突然、文恵が |
「おい、君たち! 何をやっているんだっ!」
と、突然、ドアが開いて通路の光をバックにした男の姿がシルエットになって立ちはだかった。春彦がドアのほうを見て戸惑っていると、文恵が突然、わめいた。
「止めてください! ヘンなことは止めて!」
と、春彦を突き飛ばすように押しやった。
「どうしたんだ! 何をしているんだ」
男がそばまでやってくると、文恵がそれまでの様子とは別人のようになって、
「し、室長がいきなり……」
と、叫んで男の後ろに回った。春彦は呆然としながらも、予測していたような事態だと、頭は冷静だった。
「加瀬、どういうことだ? 何をしたんだ、いったい」
そう言ったのは、次長の立川だった。文恵の前に仁王立ちとなって、春彦を威嚇するようににらみつけている。
「何だ、これは。セクハラじゃないのか?」
「立川……。違う。具合が悪そうにしていて、倒れこんだから、立ち上がるのを手助けしただけだ」
「だが、彼女はそうは言ってないじゃないか! 無理やり、何かしようとしたんだろう! 君はそんなヤツだったのか」
いきり立つように大げさにそういう立川を、春彦は冷めた目で見ていた。筋書きは読めた。おそらく立川の陰謀に違いない。
「いや、話せば分かることだ。横井さん、ちゃんと説明してくれないかな。君の具合が悪くなったから、起き上がるのを助けたんだろう」
「いいえ。残業して帰ろうとしていた私のそばに室長が来て、突然、抱きついてきたんです」
「なんでそんな嘘を……」
「おい、加瀬。どういうことだ。これは大問題だぞ。人を呼んでちゃんと解決しないと。誰かまだ社内にいるはずだ。誰か呼んでこよう」
そして、文恵をうながして部屋の外に出ようとした立川に向かって春彦は声をかけた。