何かが起きるかもしれないと麻季子が予測していたホワイトデー。嵐は春彦が社に戻ってから発生した。文恵の行動の本当の意味、立川の言い分とは?
嵐の訪れ
3月14日金曜日の午後、春彦は取引先を2軒回っていた。予定帰社時間は午後6時としていたが、出先で手間取り午後8時を過ぎることになりそうだった。6時少し前に会社に連絡を入れると、横井文恵が電話を受けた。遅れる旨を伝えるとかすかに戸惑いの気配が感じられた。だが、すぐに連絡事項を春彦に伝えると、帰社予定を再確認して電話を切った。星野美穂と食事に行くと言っていたが、どうするつもりなのか、春彦には分からなかったが、とりあえず問題の日なので、北村隆二にも連絡を入れて、帰社予定を伝えた。隆二も社に残って業務を続けているという。午後8時を少し回って社に戻ると、部内には横井文恵だけが残っていた。
「お、横井さん、遅くまでがんばってるね。金曜日なのに用事はないの」
と、何気なく尋ねると、
「ええ。まだ仕事が残っているので」
残務処理 |
「横井女史と2人だけじゃないですか? まずいことがありそうだったら、すぐに連絡してください」
と書いてあった。何かが起きるとも考えられなかったが、横井文恵は自分の席で何か作業をしているようだった。30分ほど時間が経ってから、気がつくと文恵が携帯電話をパチンと閉じて、こちらを見ていた。
「横井さんももう遅いから帰ったら。もうみんな帰ってしまっただろう。僕もそろそろ帰るつもりだ」
「ええ。そのつもりなんですが……室長」
「ん?」
「……いえ。あの、じゃあ、こちらの電気は消していいでしょうか」
「あ、うん。いいよ。後は僕がやって帰るから」
室内の2/3の明かりが消されて、文恵がいる辺りが暗くなった。表情が読み取れない。自分のほうを見ている感じは分かったが、春彦は無視して書類に目を通していた。文恵が立ち上がった様子を視界の端で確かめていたが、突然、
「あっ……」
と、文恵が倒れこんだようだった。ただならぬ気配に驚いて、そちらを見ると、床にしゃがみ込んで一方の手がデスクの上に残っていた。うめくような声がしたので、声をかけた。
「横井さん、どうした?」
「う……ん」
具合が悪くなったのか、貧血でも起こしたのだろうか? 声をかけても返事がなかったので、立ち上がって見てみると、苦しそうにうなっているようだった。