北村の提案
しばらく、誰も何も言わなかったが、麻季子がごく自然にサラッと言った。「じゃあ、会ってみたらどう?」
「……そんな簡単に」
「ただ仕事で世話になった礼を言いたいのかもしれないですよね」
困ったような春彦に続けて、北村が軽い調子でそう言うと詩織が身を乗り出した。
ネクタイを贈るなんて |
「しかしなあ、どうもピンと来ないんだよな。星野さんがそれほど先輩に気持ちがあるってことが。横井女史は、ある意味分かりやすかったんですよ。先輩に対しては露骨とは言わないけど、かなり好意を示していましたからね。星野さんはそんなそぶりも見せませんでしたから」
「ということは、星野さんじゃないとしたら、他の人よね」
麻季子が春彦に向き直りながらそう言った。
「他の人? 誰かが彼女の名前で送ってきたってこと?」
「たとえば、横井さんとか。あるいは他のまったく違うほかの女性とか」
「横井さんが星野さんの名をかたって何の得があるんだ?」
「それは分からないわ。女の気持ちなんて、他人には分からないわよ」
春彦と麻季子が言い合っているのを、詩織と北村は心配そうに見守っていたが、詩織が北村の膝を突っついて小さな声で話しかけた。
「ねえ。お2人にはお世話になったんだし、今度は私たちが役に立たないと」
「うん。そうだよね。でも僕たちのときは匿名で脅迫メールが来て相手が知れなかった。今回は星野さんという個人名がある。かなり微妙だよな。そうだ! それより、僕が星野さんに話を聞くことは出来るかもしれないですよ」
春彦と麻季子がそれぞれコーヒーカップをソーサーに戻し、詩織も北村に顔を向けた。
「つまり、僕の従妹を使うんです。何か誘いをかけてみるとか、出来そうな気がするんですよね。僕から星野さんに電話をしてみましょうか」
「そりゃ、そうしてもらえるなら……ありがたい提案だな」
「ま、世間話みたいなことを話して、ついでに先輩の話を振ってみますよ。それで反応を確かめることが出来るんじゃないかと思うんです」
「同僚だったんだから電話をしても不思議じゃないしな」
「横井女史のことも何気なく話してみますよ。何か知ってるかどうか。横井女史には、もし彼女が送り主だとしたらマズイでしょうから、星野さんに電話をしてから考えましょう。もし彼女でも横井女史でもなかったら、それからまた考えれば」
「うん。次の段階の話だな」
「じゃあ、明日にでも星野さんに電話してみます」
北村が星野美穂に電話をしてみることになり、その結果待ちということになった。その後、しばらく4人で世間話をして若い2人は外がまだ明るいうちに帰って行った。