ミセスの危機管理ナビ~妻の疑惑・夫の当惑を先にご覧ください。
夫・春彦に贈られたバレンタインギフトは出向社員・星野美穂からのものなのか? もう1人の女・横井文恵とは? 北村の提案は解決に結びつくのか……。
男の迷惑
4人でコーヒーを |
「おいおい、横井さんなら分かるって、でも、彼女からは特に何ももらってないよ。女子社員一同からってチョコレートはもらったけど」
「いやあ、彼女なら個人的に贈るのもアリだと思ったんです。先輩もご存知だと思いますけど」
「けっこう前からいる社員さんよね。たしか」
麻季子も写真で見たことがあったので、顔を思い出しながらそう言った。たしか、三十代半ばのベテラン社員だった。
「ええ。横井文恵女史はかなり先輩のことを気に入ってますから」
「それと今回の星野さんからの贈り物とは関係ないだろ。まあ、以前そんな感じもあったけど、ホント迷惑な話だよ」
「そうですか? でも、横井女史は先輩にかなり好意を示していましたよね」
「だが、オレが受け付けなかったんだから。いやだよ。困るよ。最近はむしろ淡々としてるよ。とげとげしいとまでは言わないが、素っ気無い感じだ」
「そうでしたか。さすがにあきらめたんでしょうか」
「そうでなきゃ困るよ。こっちにそんな気はないんだから。それより、星野さんだよ」
「うーん。星野さんかあ。全然、そういう感じはないと思いましたけどねえ」
「北村さんから見てもなの?」
「ええ。星野さんって言い方は悪いですけど、オタクなんですよね。女子のオタクなんで、“腐女子”ってことなんでしょうけど」
「婦女子?」
言葉の音だけだと意味がよく分からず、麻季子が北村に尋ねた。
「いえ、自嘲的な意味で腐った女子と書きます。男同士の愛、つまりボーイズラブ=BLと呼ばれるコミック愛好者のことだと思いますよ。星野さん自身は元々アニメとかコミック好きみたいですね」
「そうなのか? 知らなかったな」
「彼女はカラオケもアニメソングしか歌わないらしいですから」
「それで、この間の飲み会でも歌わなかったのか」
「だと思います。会社ではオタク色を出さないようにしてるみたいです」
「なんで、隆二さんはそんなに詳しいの?」
詩織がとがめるように尋ねた。
「僕の従妹なんですが、やっぱり腐女子がいまして。星野さんがたまたまバッグから落として僕が拾ってあげた本がソレ系だったんで、冗談で『もしかして腐女子?』って聞いたら、『誰にも言わないで』って言われて、それでちょっと話したことがあるんです。ソレ系の本ってのはBL系です。“やおい”系とかも言われてます。山なし、オチなし、意味なしの内容ってことです」
「北村さん、詳しいのねえ」
「いや従妹がハマってるんで。腐女子に関する本も色々出ているようですよ。なので、星野さんもそうだと知って、ちょっと納得がいったんですよ。彼女、パソコンには詳しくて仕事も出来ますけど、童顔だから年上に思えないし、あんまり色気がないじゃないですか」
北村が春彦と同じ意見を言ったので、麻季子は春彦をチラッと見た。
「まあ、色気はその人にとってだから、あるなしは一概には言えないのでしょうけど。でも、なんでその人がバレンタインにネクタイなんてウチの人に」
「うーん。分からないですねえ。そういえば、個人的なメールというのは?」
「うん。それなんだけどね、個人的に2人で会いたいって書いてきてね」
「ホントですか? え~、ちょっとというかかなり意外ですねえ」
麻季子は話を聞くほど、星野美穂のことが分からなくなった。